企業取材レポート
レポート
カジナイロン株式会社
話し手:梶 政隆 代表取締役社長
市内のものづくり企業の独自の技術や取り組みの情報を取材し発信することで、市内企業及びものづくり産業の発展につなげることを目指す企業取材レポート。
第10回は、「カジナイロン株式会社」。聞き手は、村田智ディレクター。
繊維産地の強みを活かし、旅をコンセプトに「メイド・イン・石川」を発信
カジナイロン株式会社は、スポーツウエア、インナーウエア、医療、産業資材など様々な用途の糸を生産するカジグループ内の1社である。
カジグループは1934年創業の繊維用機械製造の「梶製作所」から始まり、1950年には繊維事業に進出。合成繊維や長繊維の生産を手がける「カジレーネ」、糸加工の「カジナイロン」などを設立し、繊維機械製造のノウハウを駆使した「付加価値一貫生産創出型体制」を構築し、独自の体制をとっている。
同社では、直接の輸出はほとんどないが、生地の6、7割が海外の顧客、とりわけ欧米の有名ブランドの製品に多く採用されている。
これまでは委託加工という形態をとり、「黒子」に徹してきたため、製品自体のどこに同社の生地が使用されているかがわかりにくかった。そのため、せっかく優れた技術があり、良いものを開発して生み出しているにもかかわらず、その価値がなかなか評価されない上、海外における価格競争にも巻き込まれてしまう状況があったという。
また、「メイド・イン・ジャパン」かつ「メイド・イン・北陸」「メイド・イン・石川」ならではの、高い技術の価値を伝えたいという強い思いはあるが、海外はもとより、国内でも北陸が非常に高い技術を誇る繊維産地であることはほとんど知られていないのが現状であるという。
そうした価値を伝えるため、北陸の繊維産地の多くでは、生地ブランドの確立を目指している。しかし、B to B(企業間取引)ではなく、B to C(企業と消費者の取引)でなければ本当の意味でブランドの確立は実現できないと考えた梶社長は、まずは最終製品によって、価値を直接消費者へ伝えるため、自社で製品ブランドを立ち上げて、各種媒体を通じて発信していく道を選んだという。
過去にも北陸の繊維企業の多くが製品ブランドの確立にチャレンジしてきたが、なかなか成功しなかった。そこで同社は日本の伝統技術に現代のデザインを取り入れた雑貨、日用品を販売する「中川政七商店」の中川氏にコンサルティングを依頼。繊維ブランドの可能性を議論する中で、カジグループの生地の強みを活かすには「軽量」「コンパクト」「丈夫さ」が価値となる「トラベルブランド」ではないかとの答えにたどり着いた。
実際、社員にヒアリングをしてみると、旅用のバッグや仕分け袋、雑貨品などをそれぞれ違う店でバラバラに揃えるケースが意外と多かったことから、これまでになかった「トラベル総合ブランド」をつくろうとの考えに至ったそうだ。
2014年末にトラベルブランド「TO & FRO(トゥーアンドフロー)」を立ち上げた。とはいえ、自力で商品を売るノウハウがないため、当時50店舗ほど展開していた「中川政七商店」の30~40店舗で商品を販売してもらうこととした。その結果、彼らを通じて1年目から「ロフト」などの大型店舗にも採用され、いきなり合計100店舗に卸すことができ、初年度から黒字となる順調な立ち上がりを見せた。また、翌年には同社が手がける生地のイメージを向上させるため、メンズブランド「Timone(ティモーネ)」を立ち上げた。
目新しいトラベルブランドの登場に、雑誌やインターネット、テレビなど様々なメディアから取材が殺到した。その度に「北陸は日本有数の繊維産地」とアピールし続けてきたという。
「人とのつながり」を大事にしてきた豊かな人脈がビジネスすべてに結びつく
自社ブランド展開に踏み切った大きなきっかけは、盛岡市の靴とアパレルのセレクトショップ「菅原靴店」の店主であり、東日本大震災で被災した岩手県の漁師を支援する「AD BOAT PROJECT」の発起人の菅原 誠 氏との出会いであったという。
同社は、東日本大震災の被災地に新聞社や赤十字を通して義援金を贈ったが、誰のために、何のために使われたかが見えないことに悶々とした。そんな時、岩手の基幹産業である漁業に携わる漁師たちを支援する「AD BOAT PROJECT」という新たな仕組みがあることを知った。漁具などを購入する資金を支援すれば、漁船にスポンサー名が装飾されるといった仕組みのものだ。困っている漁師からすれば、支援金のほとんどが直接もらえ、支援者はどの漁師のところに届いたかがわかる。同社は支援を続け、今では社名入りの漁船は3艘になった。会社の慰安旅行で岩手に行くと、支援した漁師たちが歓待してくれたり、震災後初めて獲れたホタテや牡蠣を送ってくれたりと、その温かさに感動したという。
そして、岩手県を訪れた際に「AD BOAT PROJECT」の発起人である菅原氏に会いに行くと、初対面にもかかわらず熱心に対応してくれた。釣りや酒を共にしながら仕事のことを話すうちに、当時検討していた自社製品開発についても「それなら自分でブランドをやったらいい。仲間を紹介してあげるから」と背中を押された。
そんな縁もあり、2015年に立ち上げた東京の事務所では、菅原氏からの紹介で入社した元メガネブランドのマネージャーがブランド責任者になった。そのブランド責任者に、「良いデザイナーがいないか」と尋ねたところ、イタリアのデザイン学校を首席で卒業し、現地でデザイナーとして活躍した内柴有美子氏を紹介され、メンズブランド「Timone(ティモーネ)」のデザイナーとして起用した。
そういった経験からも、すべてが人とのつながり、人脈からしかビジネスは生まれないと肌で感じているそうで、「自分たちの生地を売りたい」という気持ちはもちろん商売上必要だが、「人にこんなふうにしてあげたい」とか「困っている人を助けたい」といった利他の精神を持ち、「なんとか産地を良くしたい」と考え、行動することが、おのずと人を呼ぶという。自身が「善の循環」と呼ぶ経営哲学は、社内にも共有されている。
歴史とストーリーのあるファクトリーブランドこそがブランドの本質
そうして始まったブランド事業だが、日本のアパレルは、企画をしても自社製造は行わず、中国などに製造を委託したものを自社ブランドとして販売しているため、海外では本質的なブランドとして認められていないそうだ。
北陸の繊維産業は、400年以上前の絹織物からはじまり、昨今ではポリエステルやナイロンなどの合繊長繊維が80%以上のシェアを誇る一大合繊長繊維産地へと発展した。そんな地元の歴史や文化、工場一軒一軒にもストーリーがあり、そこから生み出される製品こそが、本当のブランド品となり得ると梶社長は考えている。産地の素晴らしさ、石川県の素晴らしさを含め、全てのイメージがブランドそのものだから、それに関わる自分を始め、一人ひとりがその意識を強く持っておくことが必要であるという。
アパレル事業への挑戦が、会社の魅力づくりにも結びつく
最初は周囲の誰もが「アパレルで自社ブランドをやっても絶対成功しない」と大反対された。しかし、持ち前のチャレンジ精神で成果を出し、今では繊維業界からは先駆者的な事例になったと評されているという。また副次的にリクルート面にも効果が表れている。
これまでは業務の特性上、会社の存在を知られる機会がなく、中小企業の繊維業にはなかなか人材が集まらなかった。現場は1年中ほとんど機械をとめることなく24時間稼働し、交代制の勤務、安い給料、うるさい、汚いといった間違ったイメージが加わればなおのことだろう。
そんな厳しい環境下でも、自社ブランドの立ち上げによって、同社の情報を発信する機会が増えたことで、リクルート効果が高まった。昨年は、大卒3名の入社を希望していたところ、会社の前向きで楽しそうなイメージが伝わったのか、300人ものエントリーがあり、「ぜひファクトリーブランドに貢献したい」と志望してきた人も少なくなかった。自社製品のブランド確立が、結果的に会社での仕事をも面白くし、近年、離職率もほぼゼロという大きなメリットをもたらした。
繊維産業の活性化のため、用途拡大をはかった新規プロジェクトに着手
社内では4年前から「プロジェクトX」と名付けられた10個の新規事業が検討・開発されている。とりわけ、ファッション衣料と、メディカル、環境の3分野に注力するために、つねにアンテナを張るよう全社員に伝えている。現状では、ウェアラブル、炭素繊維、人工血管、振動発電などが進行中。中でもウェアラブル製品に関しては、すでに約3万着のオーダーが入り、追加生産しているほど好調だ。これからの繊維業界が元気になるためには、用途拡大しかないと捉えており、その唯一のポテンシャルはIoTに絡むウェアラブル製品だと考えているという。肌着に近く、合繊を使うという点からも、北陸の繊維産地が力を発揮し、貢献できる可能性が多くあるため、同社の経営資源も集中させている。もちろん従来の主要である生地や糸の加工をしっかり継続しつつ、あくまでも繊維につながりのある分野で次の新しい用途拡大にチャレンジしていきたいと語った。
聞き手・文
村田 智(IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社MONK 代表取締役)
◆カジナイロン 株式会社 1934年創業の「株式会社梶製作所」で培った繊維工業向け機械の知識や技術をもとに、1950年に織物製造業の「カジレーネ株式会社」、1964年に「かさ高加工糸」を製造する「カジナイロン株式会社」を設立。繊維機械の製造から糸加工・生地の生産・縫製まで行える国内・海外合わせて7社のグループへと成長した。世界中のファッションブランドやアパレルメーカーの製品にも採用され、高い開発力と技術力で信頼を集める。旅をコンセプトにした製品ブランド開発を手がけ、2014年、トラベルギアの新ブランド「TO&FRO(トゥーアンドフロー)」、翌年、男性向けイタリアンカジュアルブランド「Timone(ティモーネ)」を立ち上げた。