企業取材レポート
レポート
株式会社フィックス
話し手:代表取締役社長 松本 唯史 氏
市内のものづくり企業の独自の技術や取り組みの情報を取材し発信することで、市内企業及びものづくり産業の発展につなげることを目指す企業取材レポート。
第8回は、「株式会社フィックス」。聞き手は、村田智ディレクター。
テレビ開局ラッシュの時流に乗って、業績が急伸
平成30年に創業30周年を迎える株式会社フィックス。代表取締役社長の松本氏は東京で就職してキャリアを重ね、金沢でプランニングディレクターとしてある会社に勤めた後に独立。フリーのディレクターとして1年ほど活動、携わった電力会社のCM作品が日本のクリエイティブ業界最大級のアワード「ACC CM FESTIVAL」で賞を獲得したことから、名前が売れた。まだ20代の若さということもあり、興味を持った顧客からの受注が急増したが、1人でやれる限界を感じ、27歳の時に会社組織を立ち上げた。 そして、東京の全国放送の仕事をやりたいという思いもあって、東京に事務所を設けた。それまでは東京にある編集室を都度借りていたが、その経費の総額は編集室を買えるほどの金額だったし、銀行からスムーズに資金が借りられたこともそれを後押しした。当時はテレビ金沢に続き、新しい局が次々に開局した時代。バブル期を迎え、テレビにエネルギーが集まる時代であり、時流にうまく乗って業績は順調に上がっていった。 編集室の費用は、通常なら5年ほどかかるところ、わずか1、2年で償却できた。その頃は朝撮影に行き、その後、編集作業をして、深夜に企画を考えるといった感じで、編集室で寝泊まりするほど多忙な生活を送った。そのおかげで、大概のことでは驚かない、なんとかなるといった精神が培われ、そのエネルギーが現在の会社の根本的な原動力となっているという。
東京での展開のスタートは、大手レコード会社のアーティストのプロモーションVTRの仕事。一人で東京の事務所を行き来していたところ、東京で働いていた時の同期も入社して手伝ってくれた。一方、金沢ではCM制作を手がけ、酒造メーカーなどの有名クライアントの指名をもらったり、数々の賞を獲ったりしていたこともあり、東京の大手広告代理店、電通とのつながりも出来ていた。ファミリーコンピュータをはじめとするゲームバブルを迎え、大手ゲーム会社が高い予算でCMを制作している一方で、いわゆるブティックプロダクションと呼ばれる、2、3人のスタッフがゲームを開発する会社の低予算の仕事も請け負った。ローコストに抑えるために独自のやり方で工夫しつつも、一定のクオリティを保つため、1本ではなく3本まとめて予算を組んでもらうようなスタイルをとった。 そのコストパフォーマンスの高い仕事ぶりが認められ、大手広告代理店のCD(クリエイティブディレクター)にも紹介してもらうチャンスを得て、カナダのアイスビールのCMコンペにチャレンジすることになった。結果、CDからは「全然ダメ」と酷評されたが、「何をつくるかも大事だが、いかにつくるかもすごく大事。制作プロセスにクライアントやエージェントが安心できる状況をつくるべき。プロデューサーがしっかりやらないと」と教わった。そこで、一流のプロデューサーを紹介してもらって学び、ディレクターからプロデューサーに転身。CMをつくる側からつくらせる側にシフトチェンジした。そのことが、東京で多くの仕事をもらえるきっかけとなったという。 1996年に制作した外資系コンピュータブランドのCMはロンドン国際広告賞を受賞し、大手広告代理店の中でも注目され、受注が増えていった。田舎者のコンプレックスと能力の至らなさ、プロダクションスケールの小ささと闘いながらこれまでひたすらに続けてきたと語る。
金沢と東京の2拠点で、各地からの受注を増やす
現在、テレビが活力を失いつつあり、CMの制作費予算がどんどん落ちてきおり、業界全体が沈滞している。しかし同社では、北陸だけでなく他県のローカル案件の受注も増え、逆に業績が上がっている状況だという。北陸新幹線の金沢開業により、各地を行き来できる距離が近くなったことも、同社にとっては追い風になっている。その典型のケースがある薬品メーカーの仕事。17年前にコンペで採用され、最初は冬商品1本だったが、CMが気に入ってもらえ、今では全商品のCMを担当している。社長が富山県にいるため、金沢で制作するメンバーが訪問しやすく、CMをまとめて作ってチェックできるというメリットもある。そうするうちに次第に一体感が生まれたことも、長く続いている理由なのかもしれない。 15年間ぐらい交流のある松岡正剛氏(編集工学の提唱者)の勉強会でCMについてのディスカッションを行うなかで、自分が提案したコンセプトが認められ、代理店を介さずに大手食品メーカーのCMに携わることができたケースがあった。自分の実力というよりも、人に恵まれたことが大きかったし、ただがむしゃらに頑張って応えようとする意識が高かったことが実を結んだと考えているそうだ。
ワンストップ体制を企業カラーに、様々な方法で社員の能力を上げる
オーナーや社長など一人の人間に、スタッフがただぶら下がっているような会社は危うい。組織としてのバランスを考えたときに、社員の能力が「点」でなく「面」であることが一番だと語る。
現在はディレクターもカメラマンもフリーの人たちを動かして作品をつくるのが主流であるが同社はあえてそうではなく、なるべく自分たちのところに何らかの能力をストックできるようにしている。とはいえ、常に自分たちだけでやっているわけではなく、フリーランスに依頼することも多くある。そんな環境を設けることによって、優秀な人材の能力を積極的に吸収できるようにしているという。 また社員にも、半年から2年ほど他の企業へ研修に行かせる。編集室やライティングの巨匠に給料なしで使ってもらうこともあれば、ハイビジョンが登場した時には、他社プロダクションのハイビジョンチームにお願いして、スタッフを1年間タダで働かせてもらったそうだ。取引先にも不義理をしない範囲で受け入れを依頼し、そこで学んだ技術をお願いしている。スタッフたちに勉強を託して、また会社に戻って仕事に反映させるという社員教育を行っている。
いい作品を生む土壌づくりのために人材の適性を見抜く
会社にとって大切なのは、いいものをつくること自体ではなく、「いいものが生まれる土壌をつくる」こと。もし人材が辞めてしまっても、いい土があればいい人材がまた生まれてくる。 「やりたいことと出来ることは違う」「やっていることとやれることは違う」。この2つのコンセプトは、会社という土壌に作物をつくる上での重要なファクターとなっているという。それゆえ、部署の移動はダイナミックに行っている。制作担当に編集を担当させたり、カメラマンをディレクターにしたり。もちろん本人と話し合い、基本的に本人がやりたいことをやってもらうが、適性をきちんと見極めないと会社も本人も不幸になる。その考えから、「二足のわらじ作戦」に取り組んでいる。ディレクターだけではなく、プロデューサーも編集もやる。制作をやりながら企画もやる、といったメインの職以外のものをもう一つ担当するスタイルをとっている。これは決してマルチプレーヤーをつくるためではない。一つは適性を見るため、もう一つは自分の本業を客観的に見られるようにするためだ。二つのことを同時にやることで、自分自身を客観的にみる力を養い、何の仕事が向いているのか、本人に悟らせたり、自分の能力を発見できたりする。その結果、自分の適職や潜在能力を発見し、新しい部署でいきいきと活躍する人も少なからずいるという。
CM制作の実績を活かし、デジタルの世界へ飛躍
企業成長のプロセスの第一ステップは、今やっているマーケットの深掘り、つまり北陸県内の中でシェアを挙げること。第二ステップは、マーケットを広げて、顧客の種類も変えること。第三ステップは、その広げたマーケットの中で今とは違うサービスをすること。同社は現在、映像制作とは違う何かを提供するステップの段階だ。次のステップへと繋げるため、ノウハウや知識、能力をいかにのばしていくかが課題となっている。
現在、VR(バーチャルリアリティ)の機材も導入して、新規事業をスタートさせており、すでに首都圏のクライアントからの受注もある。そのノウハウを得るために、VRの成功事業者を招き、セミナーを開催したり、さらなる機材の投資も行ったりしている。 さらに今後は、デジタルマーケティングにおける自分たちのプロダクションとしての存在の創出を目指す。システム制作にも着手し、「ピットエントリー」という放送局向けの双方向番組制作のアプリケーションも開発している段階で、技術から、ロジック、クリエイティブまで、デジタルの中でもワンストップでできる潜在能力を構築しつつある。今までのテレビと広告業界で培った能力を、次はデジタルの世界でも影響を与えていきたいという。 今後目指すべくは、企業のリターンと一致したフィー(費用)にすること。つまり、効果に対してのフィーをもらうようにすること。効果測定ができる時代のメディアで生きるための戦略は、自分たちが効果を出すクリエイティブやマーケティングを実施するという根本的なことで、それにはある程度リスクをとっていく必要があると最後に語ってくれた。
聞き手・文
村田 智(IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社MONK 代表取締役)
◆株式会社 フィックス 1988年設立。金沢本社と東京に拠点を置き、テレビCM、映像コンテンツなどを手がける総合映像制作プロダクション。企画から撮影、編集まで一貫したオールインワン制作に取り組み、WEBチームも有する。大手航空会社や食品メーカー、製薬会社など、幅広い業種のCMやCGやアニメーションを使用した作品など様々な映像コンテンツを手がける。放送局向け双方向番組制作ソフト「ピットエントリー」などIT分野も軌道に乗せている。