#72

2024.11.21

企業が求めるフリーランスの特徴

担当ディレクター:小幡 美奈子

イラストレーターとしてフリーランスの経験を積んだ後、イラスト制作会社を立ち上げ、現在は役員、社員、業務委託合わせて約22名の体制で、ワンピースカードや仮面ライダーバトル ガンバレジェンズ等のトレーディングカードゲームやゲームアプリに使用されるイラストを制作している、株式会社エイドル代表取締役の大橋定行さん。

大橋さんがどのようにしてフリーランスの仕事を拡げてきたのか、そして100名以上のフリーランスと共に仕事をしてきた経験を踏まえて、企業から仕事を依頼されやすいフリーランス像についてお話しいただきます。

ゲストスピーカー:大橋 定行 氏(株式会社エイドル 代表取締役)

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株式会社エイドルを設立した経緯


加賀市在住の大橋さんは、2017年に合同会社を立ち上げた。その当時はイラスト制作事業ではなく、アート、デザイン、イラストをメインとして活動。若手アーティストを支援する活動に注力し、県外からもアーティストを招いてショッピングモールなどでイベントを開催していた。ワークショップは行列ができるほどの盛況で、地元の小学校などから講演依頼もあったという。メディアにも取り上げてもらったものの、アートを収益化することは難しかった。さまざまな試行錯誤を経て、一番売上につながったのはトレーディングカードなどのイラスト制作だった。その結果、思い切ってイラスト制作事業へと舵を切る決断をした。

2021年11月に株式会社エイドルとして本格的に動き始めた。エイドルという会社名には、 「アート」「イラスト」「デザイン」の3つのクリエイティブの頭文字を組み合わせた「AID(エイド)」という単語が含まれる。この「AID」には、クライアントを「手助け、促進、支援」するという意味が込められている。「AID」を「エイドる」という動詞にした造語が「エイドル」なのだ。法人化後は経営が厳しい時期もあったが、業績は年々上がっている。2025年秋には仕事の多い東京へ社員全員をまとめて完全移転する予定だ。現在、大橋さんを含めて社員は7名。業務委託を含めて約22名で動いている。

エイドルが具体的に手掛けている仕事としては、アニメのキャラクターデザインや戦隊もののカードイラスト、スチルイラスト、トレーディングカードのデザインがある。また、ゲームセンターに設置されているゲームやスマホゲームのキャラクターデザインも手掛けている。守秘義務があるため詳細は非公開のものが多いものの、おもちゃ売り場やコンビニに行くと、あちらこちらにエイドルが関わった商品が並んでいる。そのため、つい社員に見せたくて自分で買ってしまうこともあるそうだ。

フリーランス的仕事の取り方


最初に大橋さんなりに仕事を取るためにやってきたことを教えてくれた。

・自分ができることを整理する
自分がイラストを描けることをアピールしても、仕事を依頼してもらうには押しが弱いことがある。イラストが描けるといっても、得意とするイラストにはさまざまな種類がある。例えば、男の子や女の子、どの時代の人物、あるいはロボットや動物など、得意分野によってアピールの方法や営業先は異なる。自分が何を得意としているのか、どの分野に強みがあるのかを的確に伝えるためには、改めて自分の中で整理しておくことが重要である。

・自分に合う営業先を探す
イラストを描く仕事を探すとき、どの会社にアプローチするべきだろうか。ゲーム会社、イラスト制作会社、印刷会社など、イラストを扱う会社は多岐にわたる。ここで、大橋さんが経験した「得意分野と営業先のミスマッチ」について紹介する。東京のある社長から、人通りの多いビルの前で似顔絵を描くことを許可され、出店したことがあった。しかし、その場所はビジネスマンが多く通るエリアで、似顔絵を求める人がほとんどいなかったのだ。本来なら観光客が集まる場所に出店すべきだったし、事前のリサーチが必要だった。もしビジネス街で営業するなら、似顔絵ではなく名刺デザインなどの商品を用意すべきだっただろう。リサーチを怠らず、得意分野に合った営業先を選ぶことで、ミスマッチを防ぐことができる。

・その相手が何を求めているのか見抜く
エイドルが毎年売上を伸ばしている背景には、相手が何を求めているのかを見極め、それに応じた提案をしている点が挙げれられる。「画をお金に換えるのは難しい」と考える人は多いが、大橋さんは一つの画を仕入れて、その画をゲームのキャラクタに活かしたり、カードに採用してもらうなど、派生させることで一つの画の価値を高めている。

クリエイターの中には、自分の描いたイラストが素晴らしいと思い込み、それを評価してくれる人に出会えば購入してもらえると考える人が多い。しかし、実際にはそう簡単ではない。イラストを見た相手が「面白い、この商品にならお金を払ってもいい」と感じて初めてお金が動く。相手がどのようなものに価値を感じ、何にお金を払うのかを理解し、その上で自分の作品を提案する必要がある。

また、大橋さんは番外編として、以下の2点を挙げている。

1.自分ができない分野の仲間を作ること
相談を受けた際、自分が対応できない分野でも断らず、代わりに対応可能な仲間を紹介しておくと、次の案件につながることがある。実際、大橋さんは小幡に仕事を紹介した経験があり、こうした関係が相互に仕事を生むきっかけになる。

2.継続案件を模索すること
新規クライアントを多く抱えると、相手が何を求めているか丁寧にヒアリングし、信頼関係を築くまでに時間がかかる。また、イラストの具体的なイメージを持つクライアントは少なく、制作前の段階で根気のいる作業が必要になる。新規案件ばかりだと疲弊しやすいが、継続案件を持つことで仕事の見通しが立てやすくなる。うまくいっているときこそタイミングを逃さず、継続案件を獲得することが重要だ。

企業側が求める人材・スキル


次に、企業側が採用時に求める人材について話してくれた。

1. 絵がうまいこと(大前提)
このポイントは言うまでもなく重要だ。イラスト制作の業務では、キャラクターだけでなく、背景やアイテムのデザインも求められる。メインキャラクターと背景のバランスを考え、どのように配置するかを検討し、清書に至るまでには多くの工数が発生する。そこからさらに仕上げ工程を経るため、描くスピードも重要だ。
クリエイティブな仕事は時給制ではないため、極端な例では、1枚のイラストに10時間かかる人と2時間で仕上げる人の報酬が同じになる。結果的に、どちらが多くの仕事をこなせるかが採用の判断に影響することがある。

2. コミュニケーション能力
クリエイターにはあまり重要視されないと思われがちだが、実際には非常に大切なスキルだ。仕事をお願いする際、返事がないと相手は不安になる。そのため、「ありがとうございます」「お願いします」といった愛想の良い返答を心掛けることで、相手に良い印象を与える。

3. レスポンスの速さ
大橋さんが特に心掛けているのは、迅速なレスポンスだ。どんな内容であれ、すぐに返信することを徹底しており、見積書は24時間以内に作成するようにしている。 その理由は、仕事の流れに影響を与えないためだ。もし「できる」または「できない」という返答が翌日に持ち越されると、依頼者は次の人に頼む時間が失われてしまう。「断る場合でも早い返信をすることが重要」と大橋さんは語る。

4. 一番大事なスキル:好きであること
これまで挙げてきた要素の中で、一番大事なのは「好きであること」だ。クリエイティブな仕事は納期に追われ、終わるまで作業を続けなければならない場面も多い。好きでないと続けることは難しい。
「好きだから続けられる。好きだからもっと上手くなりたいと努力できる」。この情熱がクリエイターに共通して求められる資質だ。技術を貪欲に習得し、クオリティを向上させる努力を惜しまないことが重要だ。

5. アニメや漫画への理解
多くのクリエイターはアニメや漫画が好きだ。例えば、キャラクターカードの仕事では具体的な指示がなく、「いくつかの案を提案してほしい」と求められる場合もある。キャラクターについて熟知していないと、高いクオリティの原画を制作することは難しい。 そのため、社内ではアニメや漫画について、それぞれが好きな作品を共有し合い、情報交換を頻繁に行っているという。

イラストの仕事を取るときに気を付けたいところ


これまでクリエイター側と採用側の視点について話してきたが、総合的に気をつけてほしい点も教えてくれた。

1. ポートフォリオの重要性
ポートフォリオは、クリエイターが実績をアピールするための作品集であり、採用側が仕事を依頼するかどうかを判断する重要な資料である。ただし、すべての作品を載せれば良いわけではない。
プロの目線で90点の作品が1点ある場合でも、30点の作品がたくさん並んでいると「この人に依頼したらどんな仕上がりになるのだろう?」と不安を感じさせてしまうこともある。そのため、ポートフォリオには、自分が自信を持っている作品や特に得意なものだけを厳選して載せるべきだ。

大橋さんが過去に見たポートフォリオの中で、学校の授業で作った作品を掲載していた例があったという。そのような場合、採用側がその先のページを見ずに判断を下すこともある。一方で、現在エイドルの社員として活躍している元フリーランスのクリエイターのポートフォリオには、エイドルの得意分野である少年漫画の作品が並んでおり、「一緒に仕事ができるかもしれない」と心を動かされたそうだ。

2. IP案件で知っておくべきポイント
エイドルで主力となるのはIP案件(版権イラスト)だ。例えば「ドラゴンボール」のように、既存のアニメキャラクターをそっくりに描くイラストがこれに該当する。海外でも人気があり、仕事量が多い分野である。

今回、大橋さんは学生が描いたIP案件作品とプロの作品を比較し、解説してくれた。ある女の子キャラクターのIP案件作品では、学生がたまたま見つけた原画を参考にしつつ「こんなポーズがあったらいいな」と自分のイメージを加えて制作していた。しかし、原画と比較すると、同じキャラクターと認識するのは難しかった。
大橋さんによると、IP案件で重要なのは「原画に忠実に似せること」である。服を勝手に変えたり、オリジナル要素を加えたりするのはNGだ。具体的には、以下の点をしっかりと揃える必要がある。

・顔の輪郭
・髪の長さ・色
・頭と体の比率
・腕の長さ
・線の太さ
・色の塗り方

これらを忠実に再現するには、高度な技術と観察力が求められる。過去の作品で似た構図を参考にし、研究を重ねて描くことが重要だという。
プロの作品は原画のイメージをそのまま活かしつつ、ポーズを変えることで新たな魅力を引き出しており、その完成度の高さが感じられた。

まとめ


イラストと一言で言っても、そのジャンルは多岐にわたる。カードの背景に細かいアイテムを盛り込んだり、IP案件をどのような視点で作成しているのかなど、普段は聞けない興味深い話もあり、身近なキャラクターがこんな形で作成されていたのかと感心した。また、質疑応答の時間では、クリエイターならではの質問や、聞き手の小幡からもフリーランスで活動しているからこその質問が飛び出した。

絵を得意とするクリエイターにとって、仕事の取り方からアプローチの方法まで参考になった。さらに、採用する側の企業の視点で語られた部分もあり、これから仕事をしたいという人にとって重要なヒントとなった。自分の業界に置き換えて、好きなことを仕事にするという点で、勇気と希望をもらえるトークだった。

話し手
大橋 定行 氏(株式会社エイドル 代表取締役)

聞き手
小幡 美奈子(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、ウェブマルシェ代表)

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