#71
担当ディレクター:小幡 美奈子
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
自分が苦手だと思っていることや、できないと感じていることはありませんか?実は、その苦手意識が思いがけない転機をもたらし、強みになることがあります。
今回のモチモチトークでは、子どもたちのサードプレイス「ミミミラボ」館長の大きな転機と、今、それをどう活かしているのかをお話いただきます。
「苦手なことが最大の強みに変わる」経験をシェアしましょう!
ゲストスピーカー:溝渕 健作氏(特定非営利活動法人みんなのコード クリエイティブハブ事業部ミミミラボ館長)
====================================================================金沢市芳斉にあるミミミラボという施設をご存じだろうか。金沢を創業の地とする三谷産業株式会社とテクノロジー教育の普及を目指す特定非営利活動法人「みんなのコード」が運営する施設だ。この施設の館長に溝渕さんが就任したのは2022年5月のことだった。
服飾関係の仕事に始まり、転職してIT関係やイベント事業、ロボットプログラミングに携わるようになった。ミミミラボの館長の仕事以外にも音楽・映像制作が好きでYouTubeチャンネルを開設している。そんな溝渕さん自身の生い立ちから子どもたちの第三の居場所作りまで、予想外の褒め言葉が人生をどう変えていったか話を聞いた。
溝渕さんが金沢に来ることになった経緯
溝渕さんはミミミラボの館長になったのをきっかけに金沢に住み始めた。その前は奈良県に家族と住んでいた。現在、妻は実家のある和歌山県、子どもたちも成人してそれぞれ違う場所に住んでいるという。基本的に超マイペースな性格の溝渕さん。流行のさらに一歩先にいきたがる性格が功を奏し、シティポップ系ボカロ曲を発表したり、YouTube配信を行ったり、電動アシスト自転車のレポートを執筆したりと、趣味も幅広い。
大学卒業後、溝渕さんは家業である紳士服製造会社に就職したが、計画倒産をきっかけにフリーランスとなり、IT業界へ転職した。ちょうどパソコンが普及し始めた時期で、溝渕さんは会社のパソコンとプリンターを使ってチラシを作ったりしていたため、IT業界に飛び込んだのだった。ウェブデザイナーやIT支援を行いながら、イベント関連の会社にも携わり、イベント業、大手企業や官庁関連の講師、保育園のシステム構築、ロボットプログラミング教室などを主催していた。コロナ禍をきっかけに民間のロボットプログラミング教室に限界を感じ、特定非営利活動法人みんなのコードに転職を決意した。そのタイミングで金沢のミミミラボの館長が交代することとなり、現在に至る。
ミミミラボについて
ミミミラボは10歳から18歳の子どもたちがデジタル機材(プログラミングのできるロボット、3Dプリンター、グラフィックや映像、楽曲の制作ができるソフトなど)を自由に使える施設である。これらの機材は無料で利用可能だ。運営しているのは横浜にある特定非営利活動法人「みんなのコード」で、小学校でプログラミングの授業が必須になるときに、先生たちにプログラミングの研修や授業の教材の提供を行うために発足した団体だ。施設を無料で運営するため、国内外を問わずいろいろな企業の出資や寄付を受けている。ミミミラボは金沢市に本社がある情報システム、化学品の販売など多角的に事業を展開する三谷産業がバックアップしている。
施設では、地域の大学生がメンターとして常駐。プログラミングやイラストなど各分野の専門知識を持った学生が一緒に楽しみ、関わり合いながら、自主的な創造活動をサポートしている。親でも先生でもない第三者がいることがポイントだ。メンターが子どもたちの得意を引き出し、好きなことに夢中になれる場所を提供することが目標である。 子どもたちも第三者の大人と関わることで、視野を広げられる。スタッフには、見守りながらできるだけ子供たちの良い部分を探すよう心がけてもらっている。ここは、子どもが好きなこと、夢中になれることを見つけるだけでなく、家、学校以外の第三の居場所なのだ。
平日の水・木・金は午後1時から8時まで。土曜日は午後1時から6時まで開館している。小学生の利用が多いものの、高校生も学校活動で施設の利用が増えたという。ロボットプログラミングで全国大会に出場するチームが2年連続出場を果たすなど、成果を上げている。
苦手なことが得意になったその理由は?!
溝渕さんは、現在好きで行っていることが、実はかつては苦手だったと話す。例えば、人前で話すこと、文章を書くこと、自分を変えることなど。これらの苦手をどのように克服し、好きに変えていったのだろうか。
溝渕さんは、大勢の前で話そうとすると、うまく話せなかった過去がある。また、講習会で「何か質問はありますか」と話をふられると、どう質問していいのかわからず、どもってしまうこともあった。しかしある時、講師から「声質がすごくいいね」という一言をもらい、自信を持つことができた。話し方はダメでも、別のカテゴリーで自信を持てるなら、人前で話すこともカバーできるとプラスに考えられるようになった。そのおかげで、現在ではIT講師やYouTubeの配信を普通にこなすことができている。
また、文章を書くことも苦手だった。前職では報告書を書く際に苦労し、その内容がひどいと言われた経験があった。しかし、「議事録を書くのは下手だが、自分が思ったことをストレートに書いた文章は良い」と言われ、へこんでいた気持ちが上向きになった。
さらに、館長という立場から黒髪できっちりしていなければならないと思い込んでいたが、子どもたちから「染めた黒髪は似合わない」と言われ、オレンジやピンクに染めてみたら好評だった。今の子どもたちはアニメのキャラクターで黒髪が少なく、さまざまな髪色を見慣れていることが理由である。
これらの経験から、自分にとって想定外のアドバイスが、自分を制限していた「できない」という魔法を解いてくれたと気づいた。結局は自分で勝手に思い込んで「できない」という魔法を自分にかけていただけだった。
自分でかけている魔法は、親の何気ない一言でもかかることがある。だから魔法を解くのに場所や環境も重要だと溝渕さんは話を続けた。家でもない学校でもない塾・習い事でもない第三の居場所は魔法が解ける場所で、魔法がかからない場所でなくてはいけないと考える。
そのため、施設の利用対象は10歳から18歳となっており、大人は原則、入館することができない。
終わりに
子どもたちはSNS上でそれぞれの居場所を持ち、その場所ごとに自分をすみ分けているという。異なるSNSで異なるキャラクターを使い分けているのだ。そんな現状を踏まえ、ミミミラボは子どもたちが本当の意味で「素」を出せる環境になれたらと考える。さらに、「何もしない場所」という役割も現代には大切だ。現代の子どもたちは学校から帰宅すれば、メディア(テレビ、ゲーム、タブレット、スマホなど)に触れ、宿題のために本やノートを開き、寝るまで脳をフル回転し続ける。つまり何もしない時間を自分で作り出すことが難しい環境にあるのだ。子どもの創造力を育むうえでも、貴重な時間になる「何もしない」時間。目的がなくてもミミミラボにふらっと立ち寄ってぼーっとすることも大歓迎だ。
また、不登校の子と学校に行っている子で分け隔てなく受け入れられる場所があることも、子どもたちにとって良い影響を与えている。子どもたちは学校に行っているかどうかで人を区別しない。学校に行っていない子どもたちは、自分で行かないと選択している子も多く、前向きに捉えている。ミミミラボに集まれば、誰でも「おかえり」と受け入れるのである。
溝渕さんは、自分の興味に素直で、やりたいことを追求し続けていた。得意なことを作るきっかけと、第三の居場所としての役割を果たすために、ミミミラボの運営と子どもたちのことを考えながら、何ができるかを模索し続ける姿が印象的だった。
話し手
溝渕 健作 氏(特定非営利活動法人みんなのコード クリエイティブハブ事業部ミミミラボ館長)
聞き手
小幡 美奈子(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、ウェブマルシェ代表)