#70
担当ディレクター:久松 陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
コミュニケーションデザインをする上で、アイデイアを考えることや、そのために絵をデザインすることはもちろん大事ですが、それだけでは人の心は動きません。 人の心が動くには、「どう」伝わるかを捉え設計していく。つまり「メッセージをデザインする」ことが何よりも大切。 そう語るのは、TOKUアートディレクターの徳野佑樹さん。
今回は、マクドナルド、ユニクロなど数々の大きなプロジェクトのクリエイティブをつくられている徳野さんをお呼びして、コミュニケーションデザインの真髄を根掘り葉掘り学びたいと思います。第一線で活躍されているアートディレクターの話を聞けるのは貴重な機会です。
ゲストスピーカー:徳野 佑樹 氏(株式会社TOKU アートディレクター)
====================================================================多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、株式会社博報堂に入社し、2013年より株式会社TBWA HAKUHODOに所属。ポスター、VI、パッケージ、CMなど多くのデザイン領域を手がける。2023年に株式会社TOKUを設立。ディレクターの久松さんとは、美術系大学受験予備校で出会い、もう20年以上の付き合いだという。何度も訪れている金沢で、徳野 佑樹さんからアートディレクターの仕事からメッセージをデザインするということはどういうことか、人の心を動かすコミュニケーションデザインの神髄を聞いた。
広告のアートディレクターとは
広告とはなにか。一般的に広告は広く告げるスキルのことと捉えられている。徳野さん自身、仕事で広告を作っていて、「広告は好きか」と答えられたら好きと答えるが、中には自分の好みでない広告もあるという。たしかに広告を見て不快に感じたことはあるが、広告は人にメッセージをわかりやすく伝えるためにある。
この両者の溝を埋めるため、徳野さんはアートディレクションで工夫し、企業の伝えたいことを世の中の人に届けている。現在、広告業界でアートディレクターという立ち位置は、一般的に広告の見た目に関わる部分の責任者となっている。しかし、見た目にこだわるだけでは生き残れない時代だ。デザインの飽和が進んでいる今、誰もが好きなようにデザインできるので、表面を綺麗にすることは誰でも出来てしまう。ただ、伝えたいことを正確に伝えるコミュニケーションデザインの部分は表現できる人はまだまだ少ないそう。人の感じ方で変わっていくコミュニケーションデザインの最前線は広告業界にあり、そのプロフェッショナルを目指すのが徳野さんの考えるアートディレクターなのだ。
デザイナーといえば、いろいろなデザイナーがいる。広告のアートディレクターは何をデザインするのか。それは商品の人格を作ること。最も大切な作業になる。例えば「大嫌い」という文字も、文字の大きさや書体、色の変化をつけてデザインを施せば、印象が変わって見えてくる。広告の人格を作るときは、人が最初に見るところより、見えない細かいところから丁寧にデザインを活用で作っていく。なぜなら広告は一瞬で伝えないといけないから。絵本は本より内容が伝わりやすいのは一瞬で目が絵をとらえるためで、その商品、サービス、ブランドが言いたいことの「伝わり方」をデザインするのが、アーティストと違いであり、アートディレクターの仕事なのだ。
徳野さんの仕事紹介
次に、手がけた数々の広告・CMを含めて本人から解説してもらった。ファッションやサングラス、パッケージのデザイン、飲み物、本の広告、ロゴデザインなどのデザインなども手掛ける。ミルクスタンドや銭湯など場所のデザインをすることも。金沢が好きな徳野さんは福光屋さんとも仕事ができたことが嬉しかったという。
・日産
車の車種に応じた広告ではなく、「やっちゃえNISSAN」というキーワードをベースにブランドイメージを伝える広告を主に担当。90周年記念の年だったので、歴代の日産車を登場させた広告やCMにも携わった。
・マクドナルド
マクドナルドの商品は季節によって投入するメニューが違う。三角チョコパイは秋から冬にかけてCMを流して、見た人に記憶を残している。楽しいCMに仕上がっているが、三角チョコパイの広告の狙いは「風物詩」。秋が来たから三角チョコパイを食べようよ、というコミュニケーションに変えている。また、Xで三角チョコパイが出るよ、という期待値を上げるための仕掛けもする。しずる感を出したビジュアルや、パッケージも大切。「食べたい」という気持ちと食べたよと報告を兼ねてSNSにあげるにはどういったパッケージがいいかを考えたという。
またマクドナルドのファミリーブランドという部分でも携わっている。実際のお客さんからの実体験を元に物語を作っている。初めて付き合った彼とデートでいったマックで全然食べられなかったこと、子どもがハッピーセットを卒業する瞬間を切り取ったものなど、裏にあるテーマの解説をしてもらいながらCMを改めてみると、数秒の映像の中にメッセージを込めて作られていることがよくわかる。ブランドカラーをそのまま使うのか、逆の発想でいつも使わない色でインパクトを与えて、来店した人の興味を引くなど、CMをベースにSNSやポスター、店内の装飾まで統一感をもってすることで人の心を動かしていた。
・ユニクロ
ユニクロのジーンズのCM。種類も豊富で、履きやすさも充実していることがあまり認知されていなかったので、海外店舗も含めて全世界に伝わるように時計をアイコンにして、人で時計を表現。24時間どんなときでもユニクロのジーンズを履けばきまるというメッセージを込めた。また、「UNIQLO Masterpiece|ふだん着を、もっと良い服へ。」という毎年出ている定番商品の制作秘話を乗せているページのアートディレクションを担当している。今まで作った人の興味を引くビジュアルを用意。狙いは、「知りたくなる気持ちを作る」ように作っている。じっくり商品を見ると好きになっていく。映像も店頭では伝わりにくい裏の生地にフォーカスしたり、吸水の音を撮ってみたり、サイトを見た人が手を止めて、じっくり読めるように内容を充実させ、サイトの滞在時間を増やすことで、購買に繋がっているという。
・カルティエ
現在、年齢層の高く、お金持ちの人が買うイメージだったのを若者層にも届けるためにてがけたプロジェクト。パリの王宮から日本のストリートへをテーマに、コンビニとカルティエを掛け合わせて、日常にあるコンビニにカルティエの高級感を掛け合わせて、意外性と非日常を表現した。普通はこうだという共通感覚を逆手に取ると意外性が伝わりやすいと学んだそうだ。
・「注文をまちがえる料理店」
2017年に始まったプロジェクト。ホールスタッフすべてを認知症の方が務めるイベント型のレストランだ。認知症介護のスペシャリストである和田行男さんが「認知症だから間違えるかもしれないけど、間違えたって別にいいじゃん」というコンセプトのレストランを作りたいというアイデイアを実際に形にした。徳野さんは、ビジュアルコミュニケーションの部分、「注文をまちがえる料理店」の見た目を介護に関わる人以外の人に幅広く伝わるためにデザインを担当した。
そこで生まれたロゴは「てへぺろ」のマーク。先に謝っちゃいます、という意味を込めている。「間違っちゃうかもしれないけど、ゴメンね」と最初に言ってしまうことで、たとえサービスに不具合が起きたとしても優しく許容し合えるような優しい雰囲気を醸し出した。このロゴは、いろいろな人が使ってくれ、注文をまちがえる料理店は海外へと拡がっている。最初は介護という狭いコミュニケーションから始まったが、デザインという視点があまり入っていない領域を切り拓くことで、広く世の中へポジティブに伝わることに結びついたのだった。
アイディアとメッセージ
常々クリエイター界隈では、アイデイアに悩まされている人が多いと感じている徳野さん。これを「IDEA病」と呼んでいる。おもしろかったら勝ちだったら逆に面白くない。「いいね」が集まっただけでは人にも心にも何も残らない。伝えたいことをちゃんと伝えることで、感動するところまでデザインするためには相手の話を聞く力と話を今のトレンドに合っているか敏感に察知する力が必要だ。
メッセージはデザインがなくても人に届けることができる。ただ、正しいメッセージは伝える力が弱く、シンプルに発信してもなかなか人には振り向いてもらえない。そこをアイデイアやクラフトで強化していくのだ。そのためには世の中にあったらいいなという視点を持って取り組むことで面白いものが見えてくる。世の中を見る前にまずは隣を見て感じることがきっかけとなる。隣にいる人にただ微笑みかけるのではなく、日々のコミュニケーションにヒントが隠されている。
最後に、個性についても触れていた。いいコピーといわれるものは、発見があるコピーといわれている。自分の中にある「個性」を見つけるよりも対象の中にある「個性」を発見する方が面白いものが作れる。ここにあってまだ表に出てないものを見つけること。新しいデザインを常に生み出していくのではなく、視点と発見で作るものを面白くすることができるのだ。自分の作った作品が大好きなクリエイターもいるが、自分以外の誰かのために作れるかを追求して行ける人が真のクリエイターだ。そこには自分の「こうしたい」という意思はなく、相手が何を求めているかを察知し、広告の力でポジティブに一瞬で人に理解してもらうかという点でこれからも貢献していきたいという。
デザインで何を伝えるかを考えながら、奥にあるメッセージをデザインする。アートディレクターはポスター1枚だけを作って終わるものではなく、メッセージの本質を捉えて、さまざまな形で展開することを念頭において、作っていくことでブランドや商品をわかりやすく一瞬で人に伝わるように変換していく作業だ。徳野さん自身が手掛けた広告やCMはどれもアートディレクターの仕事が好きでたまらないというワクワクする気持ちが伝わってきた。準備されていたスライドもビジネスマンが作るものとは一味違う、文字や色でも変わる人に伝わるときの見た目と伝わり方をコントロールすることの大切さを表現したものになっていた。
話し手
徳野 佑樹 氏(株式会社TOKU アートディレクター)
聞き手
久松 陽一(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社andyo 代表取締役)