#67
担当ディレクター:久松 陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
「旅とは商品ではなく、作品である」
そう語るのは、旅を通じて自分らしく生きるヒントを見つけるためにいろいろな場所で旅をプロデュースしている大瀬良さん。コロナが明け大勢の観光客、オーバーツーリズムという言葉まで出てきた中、あらためて「旅」とはなにか。
旅という切り口から「まち」「はたらく」「ビジネス」をどう捉えて編集し、プロデュースして新しい価値をつくっていくのかを紐解いていきたいと思います。
ゲストスピーカー:大瀬良 亮 氏(株式会社遊行 代表取締役CEO、金沢大学・先端観光科学研究所 特任教授)
====================================================================現在は、福岡県福岡市を拠点に活動している大瀬良さん。同じ長崎県出身である聞き手の久松ディレクターとは、社会人時代に東京で仕事を一緒にしたいわば「戦友」である。2019年に旅のサブスク「HafH(ハフ)創業、2022年株式会社「遊行」を創立。現在は金沢大学の先端観光科学研究所で特任准教授として学生たちに観光ビジネスを教えている。また、福岡市と海外デジタルノマド誘致に向けたプロモーション事業」を官民連携で実施事業を始めるなど、幅広い業務に携わっている。
大瀬良さんが今の働き方にたどり着くまで電通時代に感じたこと
大瀬良さんは、大学卒業後、電通で仕事をしていた。企業の担当をしたり、地方の移住促進の仕事をしたり、ハードな仕事をしていたときに大きなターニングポイントになったのが、内閣官房への出向だ。首相官邸SNSを専任で監修していた。朝はフランス、夜ドイツ、翌日ベルギー、その次はロンドン…。ものすごいスピードで移動しながら安部元総理に同行し、政府専用機で移動していた。アメリカ大統領と握手をしているところを動画に納めたり、SNSを会議室の横の廊下でアップしたりと、刺激的な仕事をしていて気付いたのが「パソコンとスマホ、Wi-Fi環境さえあれば、働く上で場所は意味を成さない」ということだった。それに移動距離と比例するように、自分も急速に成長していったという。
首相官邸の仕事の任期が終わり、電通に戻ると大きな「働き方改革」が行われ、自分が考えるような形で仕事ができなくなってしまったのだ。体を壊さない働き方を整えることは大切なのだが、みんなが仕事をセーブしたいわけじゃない。もっと走って、もっと伸びたい人はたくさんいるように、仕事をたくさんしたい人もいるし、土日休みで平日働くスタイルもいいし、2週間仕事をして1週間休みを取ることも全部を良しとする「働きたい人が、働かせてもらえない」ということも問題だと思うようになった大瀬良さん。海外でグローバルな人脈があった大瀬良さんは、働きたいように働けない日本ではいつ途上国のエネルギッシュな若者に追い越されてもおかしくないという危機感も同時に持っていたそうだ。
「日本がわくわくする場所であってほしい」と考えたとき、「自分で働く場所を選び、ワークスタイルをデザインできる世界を」作りたりと思い、創業したが「HafH(ハフ)」だった。
「HafH(ハフ)」の立ち上げとノマドワーカー
「HafH(ハフ)」を立ち上げたとき、大瀬良さんたちのミッションは「多様な価値観を多様なまま許容する社会をつくる」。「旅を変える」というより「ライフスタイルを変える」サービスを目指している。これまでの一般的な暮らしは、起きる場所と働く場所、寝る場所が毎日同じで、週末に旅に出るというものでした。しかし、HafHがあれば、旅先で働くこともできる。
自分らしい生き方、多様な価値観に合わせた暮らしが実現できるのだ。当たり前の「住む」という概念を変え、「働く」という概念を変え、「旅」の概念を変える。このサイクルが回ることで、世の中のライフスタイルがもっと多様になり、自分らしく生きられる人がもっと増えるんじゃないか、という思いを持っていた。コロナ禍で移動に制限がかかってしまった期間も「ワーケーション」という言葉を広めながら、HafHを広げていった。
より場所にとらわれず自分らしい働き方をするスタイルをさらに追及するため、日本初のデジタルノマド専門マーケティングファーム「株式会社 遊行(ゆぎょう)」を設立。遊行とは、仏教用語で、知恵を持った僧侶が布教や文字や農業を教えてながら修行をして各地を巡り歩くことである。大瀬良さんは一人ひとりが働き方や、働く場所を選択する多様性のある暮らし方を選択できる未来に尽力し、誰もが自分がいるべき場所を選べる社会にするために活動している。遊行は専門にしているデジタルノマドをターゲットにしたマーケティングとはどういうことだろうか。
デジタルノマドは旅をしながらネットを通じて仕事をし、収入を得るライフスタイルのことだ。この「デジタルノマド」は日本人が作った造語だそう。リモートワークをしながら国境にとらわれず自由に旅をする「デジタルノマド」の数は、増加傾向にあり、世界のデジタルノマド市場は約3,500万人規模とされ、2035年には10億人の市場にまで増加するという予測も立てられている。また、滞在期間も旅行よりも長い平均90日。1ヶ月以上滞在して、少し遠出をして、お金を体験や観光に使う金額も高い。どこでも仕事ができるので、心にもスケジュールにも余裕がある。その市場には各国が注目しており、「デジタルノマドビザ」の導入は現在世界中で50ヵ国以上に及んでいる。
日本でも、国際的なデジタルノマドの呼び込みのための制度について明記され、政府も動いている。一方で、海外デジタルノマドにとって人気なのが東南アジアなのだ。アジアにある日本も魅力的な目的地であるという認識はあるにも関わらず、「日本は生活しづらい国」としても海外のノマドワーカーには認知されている面もあるという。この誤解を解いて、海外のノマドワーカーにPRし、デジタルノマド誘致に関するコンサルや、ビジネスマッチング、企画などを提供しているのだ。現在、福岡市と共同で海外デジタルノマド誘致に向けたプロモーションを行っている。
旅をデザインするときに必要な『余白』とは
大瀬良さんも大切にしている「余白」。コロナ禍でオンラインミーティングしかなくなり、飲み会がなくなってしまったときに感じたモヤモヤ。オンラインミーティングは時間が決まっていて、その後の「のりしろ」がなくなった。打ち合わせの後に飲みに行って取引先の懐に入っていくのが昔ながらの営業スタイル。この「のりしろ」を大瀬良さんは「余白」と呼んでいる。打ち合わせが終わった後に、気の合う人が数人集まってプライベートなことを話していくことで、コミュニケーションが生まれ、仕事が生まれる。余白に注目した瞬間に新しい付加価値が生まれるのだ。
大瀬良さんも良いところばかりを魅せられる旅のスケジュールを組むより、旅の中に余白を入れて、ふらっと町を歩く。それが旅を面白くする秘訣だという。旅をしていなくても日常の中にも「余白」をいかに作れるかが大切だ。
観光と旅が人生を彩る
大瀬良さんにお話を聞くまで「観光」の意味を考えたことがなかった。「光を観る」と書いて「観光」というと、ポジティブな面を改めて感じる。今までの観光がどうしても薄利多売のたくさんの人を集団で輸送する商品が多く、価格を安くするというのが観光というイメージが強い。今回起きた令和6年能登半島地震で能登や珠洲では大きは被害があった。復興の道筋ができたときに、観光を通して地域の光を見ることができるのでないか、もう一度磨き直して光を見る業界にしたいという気持ちと熱意が伝わる。
ワールドワイドなお話も多かったが、日本の国内、地方の小さな町を訪れるのも一つの度。そこでさまざまな価値観に出会う。風光明媚な景色、海や風の匂い、宿のスタッフやおばちゃんとの会話。短い期間の旅行ではなく、2ヶ月ほど滞在することで、心地よい刺激を受けながら、働くリズムや考え方に自分の中で変化が起きるでしょう。
一方で、受け入れた側にも自分に持ってない刺激をもらう。暮らし方、働き方、価値観。今回、大瀬良さんがお話くれた内容のように、これまで聞いたことも考えたこともないお話を聞いて大いにインスピレーション感じるのかもしれない。自分がこうだと決めている常識の殻を一歩破るための小さな一歩を踏み出したくなるトークだった。
話し手
大瀬良 亮 氏(株式会社遊行 代表取締役CEO、金沢大学・先端観光科学研究所 特任教授)
聞き手
久松 陽一(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社andyo 代表取締役)