#59

2022.09.22

ホテルが進めていけるこれからの金沢の観光と文化

担当ディレクター:福島 健一郎
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

新型コロナウイルス感染症が拡大する中、ホテル、観光、飲食などの業界は大きな影響を受けました。その一方で、「移動したい」、「新しいものに触れたい」という人間が持つ欲求は止められないものだと感じています。
今回のモチモチトークでは、北欧で伝えられる「HYGGE(ヒュッゲ)」(居心地がよく快適で陽気な気分であることを表現する言葉)をテーマにしたホテルを経営する松下さんに、これからの金沢の観光の在り方やライフスタイル、そして地方でのまちづくりについてお聞きします。

【ゲストスピーカー】
松下 秋裕 氏(株式会社Linnas Design 代表取締役 / 株式会社MiKS 共同創業者)

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現在は、金沢市尾張町にあるホテル「LINNAS Kanazawa(リンナス金沢)」を運営している松下さん。学生時代にエストニアに1年半ほど留学し、大学卒業後、アメリカに本社を置く不動産総合サービス会社であるジョーンズラングラサール株式会社の日本支社にて不動産用業務に従事。

その後、原点である旅に関わる仕事をしていきたいなと思っていたタイミングで出会ったのがホテルだった。2015年10月、ホテルベンチャーのエンブレム株式会社に一号社員として入社し、新規宿泊施設開業4件に携わり、全施設のマーケティング、採用、運営統括など、ホテル運営の幅広い業務に携わってきた。

そして新型コロナウィルスの影響で、金沢にあるエンブレムホテルが2020年に撤退。そのタイミングで撤退を引き継ぐような形で、「LINNAS Kanazawa」が誕生した。

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地域のハブを創りプロデュース

松下さんが代表を務める会社「LINNAS Design(リンナス デザイン)」が現在手がけている事業は、主に3つだ。メインであるホテル事業を筆頭に、コミュニティデザイン、ブランディングの事業を行っている。その全ての事業に共通しているのが「We Design The And Place」という概念だ。

コロナ禍以前では、ファーストプレイスとして家、セカンドプレスとして職場や学校、そしてサードプレイスとしてそれ以外の居心地のいい場所という関係性だった。しかし、新型コロナウイルスの影響でその関係性が一変。コロナ禍では、ファーストプレイスで仕事をせざるを得なくなってしまった。結果、場所で区切ることが難しくなり、場所に関係なく心地よくリラックスした時間を作ることが大切な時代に突入したのだ。

「これからの時代は、どんな場所でも自分らしく居心地がいい場所を作れるヒントのようなものがもっと必要なのではないかと思っています。だからこそ僕らは、まちの外と中の人たちが垣根を超えて繋がる居心地の良い豊かな日常(=And Place(アンドプレイス))をデザインしていくことの大切さを感じながら事業を行っています。僕らのデザインするものに触れた人たちが、それに居心地の良さを感じ、ヒントにして自分たちの人生を豊かにしてもらえたら嬉しいです」

「まちの外と中の人たちが垣根を超えて繋がる居心地の良い豊かな日常=And Place(アンドプレイス)」を提供していくことこそが、その地域を輝かせていくことに繋がり、まさに地域のハブとなってきているのだ。

LINNAS Kanazawaとは

2021年4月3日に尾張町にグランドオープンした「LINNAS Kanazawa」。デンマーク語で「満ち足りた」や「居心地のよい」を意味する言葉「ヒュッゲ」がコンセプトのライフスタイルホテルだ。

もともとは、インバウンドが85%以上だったホテル「エンブレムステイ金沢」の運営を、松下さんが引き継いでリブランディングしたのが同ホテルである。

LINNASに運営を引き継いだ際、フィンランド式のサウナの導入や、一部の部屋を改造。これからの時代に合わせながら、かつリンナスが提案したいものを表現し、生まれ変わった。

そしてさまざまな施策を行いながらリブランディングを行った結果、新たな需要の掘り起こしに成功。ワーケーションやお試し移住などの掘り起こしにより連泊利用を獲得しながら平均の滞在日数を延ばし、SNSマーケティングに注力し公式サイト経由での予約を半分くらいまでに引き上げた。

また、「衣食住」にプラスして「働く」と「遊ぶ」を取り入れ、「衣食住働遊」というライフスタイルを今のスタイルとして提案している点が特徴だ。ただ泊まるだけではなく、ホテル、レストラン、サウナ、シェアキッチンスペース、コワーキングスペースと、さまざまな機能が複合的に存在する街の中の小さな複合施設として、ライフスタイルを提案する拠点としてホテルを運営している。

LINNAS Kanazawaのユニークさ①独自のマーケティング手法

コロナ禍で自社予約比率46.6%を達成させた運営の秘密は独自のマーケティング手法にある。今はSNSが普及し誰しも発信者になれる時代だ。これからは、SNSでシェアしたいビジュアル、コンテンツ、体験かどうかが、行き先や飲食店、宿泊施設を選ぶ大きな基準となってくる。

だからこそ注力しているのがUGCマーケティング(ユーザー生成コンテンツマーケティング)だ。UGCマーケティングは、SNSでホテルアカウントが一方的に情報発信するのではなく、実際に体験したユーザー自身の投稿を見て、他の人も「このホテルに泊まりたい」と思ってもらい宿泊予約につなげるマーケティングのこと。ホテルのSNSアカウントを伸ばすのが一般的なのに比べ、LINNASのユニークな点は、ホテルスタッフ個人にフォロワーを紐づけることを積極的に行っていることだ。ここに力を入れることで自社予約率があがるという。

もうひとつ注力しているのがコンテンツマーケティングだ。コンテンツマーケティングとは、オリジナルのコンテンツやイベントを作成し、ブランドの認知・ファンを獲得していくマーケティング手法のことである。

例えば、ヒュッゲを発信するウェブマガジン「ヒュッゲマガジン」をNOTEで展開したり、地域の魅力を深堀するYouTube「リンナスチャンネル」を展開してみたり。金沢の街の魅力をスタッフ自ら取材して発信している。

LINNAS Kanazawaのユニークさ②新しい角度から楽しめるイベント

また、LINNASでは金沢ではあまり行われてこなかったイベントも数々打ち出している。

そのひとつが、アーティストインレジデンスだ。全国から年2回、それぞれ8名ほどのアーティストを募集。リンナスが宿泊費をもつ代わりに、「ヒュッゲ」または「金沢」をテーマにした作品をひとつ寄贈してもらう取り組みである。同じテーマでも、完成した作品はさまざまで、全く違ったアウトプットになるのがおもしろい点だ。2週間リンナスに滞在しながらそれぞれが過ごした時間や出会った人の影響が作風に現れるのがおもしろいと松下さんはいう。

ジョギングとゴミ拾いを掛け合わせたSDGsスポーツ「プロギング」もリンナスらしさが溢れたイベントだ。観光を兼ねて、朝イチでひがし茶屋街をゴミ拾いをしながら走っていると、地元の人たちから「若い子たちがいいことやっているね」と声をかけてもらえるという。

「僕らはホテルという場所を提供しているからこそ、観光で来る人と地元の人を繋ぐ緩衝地帯の役割があるんじゃないかと思っていて。だからこの活動を始めたんです。なので、地元の人にも声をかけつつ、僕らスタッフも参加しながら、観光客の方にもゴミ拾いのイベントに参加してもらっています。今後はオーバーツーリズムも懸念されるなか、少しでも観光客の見方が変わるといいなと思っていて。草の根活動ではあるのですが、そういった地道な活動を行うことが大事だと思っています」

点と面で開発していくソフトデベロッパー

「僕たちは、ホテル運営の会社ですとか、まち作りの会社ですとか、いろんな言い方をするんですけど。今後は、点と面で開発していくソフトデベロッパーを目指しています。ホテル内での滞在体験というよりかは、一連の体験をデザインしていきたいんですよね。

LINNASというホテルを点とし、点を打ちながらコワーキングコや飲食といったミュニティの事業をどんどん作り、点の周りに面を広げていく。そしてそこに、街の情報やホテルマンの働き方などを自ら発信し、メディアの力を自分達でもって、そのメディアを中心に求心力を生ませていく。そしてクリエイティブの事業を巻き込みながら、面を光らせていくという展開を行っていく予定です」

その言葉の通り、2022年にMiKS(ミックス)との協業による運営を開始。クリエイティブ事業をスタートさせ、継続的なクリエイティブの改善を可能にし、面でのソフトデベロップ事業をより強化させている。

「ブランドを体現するものの日々の運営の中で発生する一つ一つの制作物についてLINNASはMiKSが伴走することで、クリエィティブのクオリティを担保することが可能になりました。今後は、ホテル以外でも事業が成り立つような連合体を作って展開していこうと思っています。」

「Be HUB(地域のハブになろう)」

アンドプレイスを提供し、ハブとして地域を輝かせるため、LINNASに関わる全ての人が意識すべきこととして「Be HUB(ビ・ハブ)」というキーワードを行動指針としている。

①「Be Humble(人に対して、自分に対して、常に謙虚な気持ちで)」
②「Be Unique(その地域らしさ、Linnasらしさを大切に)」
③「Be Breve(勇敢にチャレンジする起業家精神)」
行動指針であると同時に、この3つのキーワードを、LINNASの採用基準としても定めており、メンバーひとりひとりが「Be HUB(地域のハブになろう)」と意識することが、リンナスが目指す世界を必ず実現できると信じているという。

また、スタッフひとりひとりが地域のハブになるため、フルタイムスタッフを対象とした独自の福利厚生もユニークだ。LINNASKanazawaのコンセプトでもある「街ととけあうこと」を目的として、飲食代をサポートする制度を導入。スタッフ自ら地域の飲食店に足を運ぶことで街との繋がりをつくり、宿泊ゲストに対してスタッフひとりひとりの体験にもとづいたおすすめを伝えられるように、との想いから導入を決めた。

さらに、少なくとも年に1度、有給休暇と通常の休みを合わせて12日以上連続で休みをとる制度も導入している。これは、普段はローカルとして地域に根を張り、場の運営をしているからこそ、時には旅人として、異なる土地を、巡ることで旅人目線を持って、さらに視野を広げてほしいとの思いからできた制度だ。

LINNASが今後目指す先とは

「僕たちは、ただ場の運営をするのではなく、ホテルという箱を通して、街の文脈を自分達なりに解釈し理解し、さらに再定義しながらホテルをプロデュースすることを意識しています。今後は『LINNASがあるということは、その街はきっとおもしろい』と思ってもらえるホテルブランドを目指し、LINNASのアンドプレイスが世界各地にある世界を作っていきたいです」

今後は、日本ならず世界でもLINNASを楽しめる日がくるかもしれない。その時には、街はさらに進化し、誰しもがアンドプレイスをもち、さらなる豊かさが生まれていくことでしょう。

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話し手
松下 秋裕 氏
(株式会社Linnas Design 代表取締役 / 株式会社MiKS 共同創業者)

聞き手
福島 健一郎
(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、アイパブリッシング株式会社 代表取締役)

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