#51

2021.03.05

ポジティブ心理学 -心理学は科学である-

担当ディレクター:久松 陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2021年3月24日、第51回は、「ポジティブ心理学 -心理学は科学である-」。
聞き手は、久松 陽一

今回は、 最近よく耳にするようになったWell-being(ウェルビーイング)に深く関わるポジティブ心理学の研究をされている金沢大学准教授の荒木先生をゲストに迎え、ポジティブ心理学とは何か、ウェルビーイングとの関わりなどを教えていただきました

【ゲストスピーカー】
荒木 友希子 氏(金沢大学 人間科学系 准教授)

------------------------------------------------------------------------------------------------

レポート印刷PDF

心理学とは

心理学と聞くと、「心を読みとることができる」、「見抜かれている」などの印象を持つ人は多い。しかし、それは誤解である。心理学とは、実際にはエビデンスに基づいた科学なのだ。心理学は、読心術と混同されやすく、誤った認識を持ってしまっている人が多いのが現状である。

また、「心理学といえばフロイト」というイメージを持つ方も多いだろう。確かにそういった時代もあったが、今は違う。

「フロイト、ユング、アドラーが、三大心理学者だと信じられていますが、私は違うと思っています。私から言わせれば、彼らは心理学者ではなく、哲学者なんですよね」と荒木先生は言う。

フロイトが20世紀初頭に始めた当初は、心理学とは教育のようなものであった。しかし、現代の考え方では「心理学は科学」であるため、フロイトが心理学者と捉えることは間違いなのである。

科学としての心理学

では、いったい「心理学は科学である」とはどういうことなのか。

科学とは、実験や調査よりデータをたくさん集め、分析をもとに作り上げるものである。実験や調査に基づいて作られた統計が、科学者の共通言語となっているのだ。

したがって、自分自身の経験に基づきながら俯瞰的に誰かの人生相談のアドバイスをするといったことは、心理学とは言わない。客観的な根拠に基づいて人を理解し、問題を解決していく。研究をして明らかになったことを踏まえて人を支援していく。心理学とは、そういったものである。

そんな心理学には、たくさんの領域がある。その中でも、荒木先生の専門領域は「臨床心理学」、「健康心理学」、「ポジティブ心理学」の3つが主である。

まず「臨床心理学」とは、「つらい」、「しんどい」などの不健康な状態に目を向け、不健康な状態をより健康な(フラット)な状態へ導くためにはどうしたらよいかを科学的に追求する学問である。そのわかりやすいイメージが「カウンセリング」だ。

次に、「健康心理学」とは、心の健康を維持、促進させるためにはどうしたらよいかを科学的に追求していく学問である。嫌なことがあり落ち込んだとしても、戻って来られる強さをもつにはどうしたらよいのか。心が重篤な状態までいかないようにするためにはどうしたらよいのか。心がフラットなまま維持するにはどうしたらよいのか。
そういったことを突き詰めていく領域だ。
また、「心と体は密接に繋がっている」という考え方も「健康心理学」である。心に耳を傾けながら「生活習慣を整えていこう」、「禁煙しよう」ということもまた、この分野である。

ポジティブ心理学とは

そして、今回のメインである「ポジティブ心理学」とは、「より幸せに生きること」を科学的に追求していく学問のことを指す。負の感情がなくなり、感情がフラットになった時、より「生きがい」や「やりがい」などのポジティブな感情を感じられるようにするにはどうしたらよいのか、を突き詰めていくのがポジティブ心理学なのである。

ポジティブ心理学のはじまりは、1998年、アメリカ心理学会の会長セリグマンの提唱であった。

戦争とともに発展してきた心理学。20世紀の心理学は、精神病理や障害に焦点をあて、ネガティブな側面に注目し、発展していった。しかし、これからの21世紀の心理学では、人間のポジティブな機能を強調する取り組みが必要であると説いたのである。

人は、悪いところやネガティブなものばかりに目が行きがちだ。しかし、今後はいい面やポジティブな面を見つけ、カバーしていくのが大切であるというのが「ポジティブ心理学」が生まれたはじまりであった。

しかし、「ポジティブ心理学」では、必ずしもポジティブな面だけに注意を向けるわけではない。弱い部分も強い部分も、苦手な部分も得意な部分も、両方にバランスよく視点を向けていくことが大切だという考え方をもっている。

そんな「ポジティブ心理学」においても、誤解をもっている人は多い。「ポジティブ心理学」とは、決してポジティブになるための心理学ではない。ポジティブシンキングをやみくもに提唱するものでもなければ、非現実的に強制的に前向きにさせるものでもない。

さらには、「ポジティブ心理学」を、幸福学であると捉え間違えている人も多い。「幸せ」、「快適」、「明るく楽しい」、「陽気」、「快適」、「快活」、「元気」、「笑顔」といった、表面から捉えることのできる幸せを追い求める幸福学とつい混同しがちである。

ポジティブ心理学に必要な3つのキーワード

かなり広域な「ポジティブ心理学」の領域。今回は、3つのキーワードに絞って紹介していく。

①「Well-being」
ポジティブ心理学の中で生まれた言葉に「Well-being(ウェルビーイング)」という言葉がある。日本語に直訳すると「よりよく生きる」、「よく在ること」だが、意味合いとしては「幸せ」や「幸福」を指すことが多い。

そんな「Well-being」の概念は、セリグマンが提唱している【PERMA(パーマ)】モデルに基づいて考えられることが一般的だ。【PERMA(パーマ)】モデルは、「ポジティブ感情」、「人との関係」、「(生きていく)意味」、「達成」、「何かに没頭する」という5つの要素から構成される。それぞれの要素を意識して実践することが、より幸せになれる秘訣であるという考え方なのである。

②ポジティブ感情
ポジティブ心理学で有名な女性研究者であるFredricson(フレドリクソン)は、「ポジティブ感情の拡張形成理論」を提唱して注目を浴びた。この「ポジティブ感情の拡張形成理論」とは、「ポジティブ感情は心の働きを広げる」というものだ。「心地よい」、「穏やか」などのポジティブ感情を経験すると、視野や思考、行動が広がっていくことがわかったのである。自分自身のポテンシャルも広がることにより、さらには人生もが豊かになり、ポジティブな良い循環になっていくことが証明されたのである。

このように、情報処理の仕方は、感情や気分にとても密接な関係があるのだ。「嬉しい」、「楽しい」などのポジティブ感情を得ると、良いアイディアが浮かんだり、柔軟に思考を生み出したりと、良いはたらきが生まれていくのだ。一方で、ネガティブな感情を抱いてしまうと、途端に視野が狭まってしまう。

とはいえ、ネガティブ感情は必ずしも「悪」とは言えない。例えば、命の危険を感じた時にポジティブな感情を抱くと命を落としかねない。危険から身を守るためには、ネガティブな感情が必要なのである。ネガティブ感情は、慎重で注意深い情報処理をおこなう機能があり、時には必要不可欠である。

つまり、感情にはそれぞれに役割があり、ポジティブ感情とネガティブ感情のバランスを保つことが大切なのである。

そのバランスの良さは人によって違うが、これらの感情には黄金比があることが研究より明らかとなった。「ポジティビティ:ネガティビティ=3:1」。一般的には、このバランスを保つことが、心の健康や良い人間関係を保つ上で大切とされている。

「夫婦関係になるとこの比率が5:1と言われています。夫婦関係を維持するのってとても大変なんですね。普通の人間関係よりも。1回ダメ出ししたら、その5倍ポジティブな関わりをしないと離婚する傾向にあるんです。このポジティブな関わりとは『ありがとう』、『助かるわ』、『頑張っているね』などのポジティブな言葉掛けが大切。なかなか難しいんですけどね」

このように、感情には黄金比があるため、ポジティブ感情が多ければ多いほど良いという訳ではない。ポジティブ感情にも上限があり、ポジティブ感情の比率がネガティブ感情の13倍を超えると、パフォーマンスが下がり、生産性も低下してしまう。やはり、互いの量を調節し、バランスをうまく保っていくことが大切なのである。

③ワーク・エンゲイジメント
職場において、よりやりがいをもって仕事に取り組んでもらえる「ワーク・エンゲイジメント」を高めることは、会社の繁栄としても重要だ。

しかし、「仕事」と「鬱」の関係は、現代において切っても切れないものとなっているのが現状だ。この状況を打破しようと国を挙げて行っているのが、職場におけるメンタルヘルス対策である。メンタルヘルス予防は一次予防、二次予防、三次予防の3つの段階に分けられる。第一次予防ではメンタルヘルスを「未然防止」する、第二次予防ではメンタルヘルス悪化の「早期発見と早期対応」をする、第三次予防はメンタルヘルス関連の「治療や支援」をするという取り組みである。

今まではこの3つであったが、「0次予防ワーク・エンゲイジメント」という新たな言葉が「ポジティブ心理学」では注視されている。「0次予防ワーク・エンゲイジメント」とは、すべての従業員が健康にいきいきと働くことを目指しているものだ。仕事にやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ていきいきしている状態になれる社員を増やすことが目的だ。

このように、従業員が仕事に対して感じている充実感や仕事に対する意欲のバッテリー度合いを表している状態が「ワーク・エンゲイジメント」である。このバッテリーをいかにフル充電できるかがカギなのだ。その充電方法は、仕事に向けてチャージするためのプライベート中にあるかもしれないし、仕事中にあるかもしれない。自分の中の「好き」や「快感」を見つけて心を充電しながら、いきいきと働ける状態に繋がっていくことが期待されている。

「より幸せに生きること」を科学的に追求していくポジティブ心理学。自分が自分らしく、幸せに生きるためには、一見ネガティブに思えることをもひっくるめて愛しむべきなのかもしれない。自分の感情と常に対話をし続けながら、人生の幸せを追求していきたいものである。

-----------------------------------------------------------------------------

話し手
荒木 友希子 氏
(株式会社WORDROBE 代表取締役 印象美@プロデューサー)

聞き手
久松 陽一
(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社Hotchkiss)

お問い合わせ

トップを目指す

トップを目指す