#32
担当ディレクター:福島 健一郎
Director’s Voice SDGsって頭では分かっているんだけどなにかしっくりこないという僕が完全に腑に落ちた対談でした。
テクノロジーをどう活かすのかという部分も含め、SDGsに興味がある方、必読です。
第 32 回のゲストは、国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・
ユニット(OUIK)事務局長 永井 三岐子さん。
金沢市出身。上智大学外国語学部フランス語学科卒、政策研究大学院大学国際開発修士。フランスで不動産会社に勤務した後、JICAや国連大学で環境分野の国際協力業務に携わる。
モンゴル、東京、タイでキャリアを積み、2014年から現職。石川で生物文化多様性を提唱し、SDGsを推進している。
すべての人がこの世界のプレーヤー。SDGsはすべての人に関わる
環境、政治、経済、教育など、今、あらゆる分野で注目されているSDGs(エスディージーズ)。Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略で、2015年9月の国連「持続可能な開発」サミットで加盟国193カ国の全会一致で採択された。2016年からの15年間で達成する行動計画であり、「誰も取り残さない」を哲学とし、17の目標とその下にある169のターゲットで構成されている。
永井さんは「持続可能な開発」とは、「私たちの子や孫(将来の世代)がそのニーズを充足する能力を損なうことなく、それでいて、私たち自身(現世代)のニーズを充足する開発である」とし、さらに次のように続けた。
「これらを達成するためには、あらゆる地域、国、世界レベルで、『経済』、『環境』、『社会』が統合されながら進められなければなりません。つまりは、経済活動は、社会課題の解決や環境保全と一体であるべきで、裏を返せば、誰かの人権や環境を収奪して経済発展を続けてはならないのです」。
SDGsが策定された背景には、2000年からの15年間に掲げられたMillennium Development Goals (MDGs、エムディージーズ)の終焉がある。途上国の貧困、健康問題や環境問題の解決を目指したMDGsだったが、到達年の2015年時点でさらに深刻化してしまった環境問題や、ソーシャルメディアなどの発達に伴い、途上国への援助協力だけでは解決できない課題も増えてきたからだ。
「途上国も、先進国も、すべての国が問題を作り出している当事者であり被害者、つまりすべての人がこの世界のプレーヤーなのです。『単純』だった社会が『煩雑』になり情報が重要になった。そして今は一人ひとりに価値を訴求して、サービス化していく『複雑』な社会になりました。いろんな課題や欲求が複雑に絡み合って、情報『量』よりも、知恵が必要になってきたことも、SDGsが作られた背景だと私は思っています」。
こうして策定されたSDGsは、17の目標のうち「1.貧困をなくそう」「2.飢餓をゼロに」など6つ目まではMDGsで達成されなかった途上国の開発課題に関与する目標が掲げられ、7から12までは「働きがいも経済成長も」「産業と技術革新の基盤をつくろう」といった先進国にも関わる目標となっている。13から16は、グローバルSDGsと呼ばれ「海の豊かさを守ろう」「平和と公正をすべての人に」といった地球全体に関わる目標であり、17ではこれらのすべての目標を「パートナーシップで達成しよう」となっている
「自然」の土台の上に「社会」、さらにその上に「経済」が乗っかり、それらを貫く縦軸に「パートナーシップ」があるSDGsの構造を、デコレーションケーキのように図式化したスライドが映し出されると、永井さんは次のように力説した。「地球あっての人類であって、その上に安定的で公正で公平な社会が築かれて初めて持続可能な経済発展が可能になります。これらのことは、すべてパートナーシップで進めていかなければいけないのです」。
「私も起点」。自分も社会を創り出す一員という意識を持つ
日本政府は「中小企業の振興」、「地方創生」、「女性の活躍」を三本柱にSDGsを強力に推進している。SDGsに貢献する企業や市民団体を表彰する「ジャパンSDGsアワード」を創設したり、SDGsに取り組む自治体を「SDGs未来都市」に認定したりしている。では、SDGsの実践に必要なものとは何なのか。
永井さんの意見はこうだ。「『私も起点』という意識が求められると思っています。自分も問題に影響を与えているとの立場で、社会は創り出せる、社会の内側から関わるという視点が必要です」。
「私も起点」という意識を持つには、SDGsを身近なものにしなければならない。OUIKでは昨年6月から「SDGsいしかわ・かなざわダイアローグ」と銘打ち、多くの人に地域でSDGsを感じてもらうイベントを開催。企業が考えるジェンダーと環境の問題について議論するシンポジウムや、市民による再生可能エネルギー施設の見学など、様々な面からSDGsを知ることができる内容となっている。
「一つのものを見ても、経済(分野)の人と環境(分野)の人とでは、見え方が違ってきます。違う価値を持った人が集まって一緒に何かをするため、そこからまた新しい価値が生まれていく。金沢、石川は、SDGsに興味を持っていらっしゃる方がすごく多くて、熱心な企業も多い。SDGsのマインドがなじみやすい土地柄なのかもしれません。どんどん異なる分野の人がつながって、金沢、石川らしいSDGsができればいいなと思っています」。この日集まった参加者も永井さんのプレゼンによって理解を深め、ますます関心を高めたようだった。
SDGsは世界共通の「ツール」。
達成されたかはデータで「見える化」する
長年環境管理に取り組んできた永井さんは、SDGsを「素晴らしいツール(道具)」と称す。
「人間の関わり方が変わらないと環境保全できないよね、っていう考え方で、“生物文化多様性”というセクター横断アプローチを石川で提唱してきました。SDGsが策定されたとき、さらに分野を超えてアプローチを広げていけるので、これは素晴らしいツールだと思いました。
例えば企業においてSDGsは、海外企業と取引する際も『私たちはSDGsの○番に貢献する製品を作っています。一緒に社会貢献しませんか』と言えば通じるので、共通言語になります。また、働く人の人権侵害がないか、環境に悪い方法や材料で製品を作っていないかなどのチェックリストとしての機能もあります。
そして、“つながる力”を私自身、すごく実感しています。異なる主体、専門が違う方々、行政でいえば縦割りなどをも超えて、一つのプロジェクトを進められる“課題意識を共有させる力”を持っていると感じています。
1つの例として、滋賀県大津市では、さまざまな市の活動にSDGsを絡めていきました。すると、途端に学生がたくさん集まるようになったそうです。また、企業でSDGsを謳ったところには、優秀な就活生が集まってくるなど、人と人をつなげる力がとてもあるのだと思います」。
SDGsがツールになると聞いたディレクターの福島さんは、「数値で成果が計れるようになっているのもツールっぽい」とうなずく。SDGsには17の目標と169のターゲットに加え、さらにその下には達成度合いを計る232の指標が定められている。
「SDGsの概念がわからなくても、指標の数字を良くするために頑張れる、社会を良くする仲間にはなれるっていうのはいいですね」と福島さん。
これに対して永井さんは、「国際条約というのは、人権や生物多様性など様々あるけれども、地域に下りてきたときに具体的に何をすればいいかよくわからない。でも、SDGsには行動性があって、モニタリングして、最終的に達成度(できたかどうか)をみんなで共有しようと約束しているのは、すごくいい面だと思います」と応えた。
「ただ、世界中おしなべて同じ指標で計れるものではなく、地域に即した指標を作っていかなければならない」とも指摘。例えば、目標8「働きがいも経済成長も」を計る指標に、“児童労働”の項目があるが、 今の日本で“児童労働”は労働問題の中心課題ではない。国連大学も設立に参画している珠洲市の“能登SDGsラボ”では、地域独自の評価指標を市民参加型で作る動きも始まっている。
さらに福島さんは、政府や自治体があらゆる統計を公表する「オープンデータ」に触れ、「指標を数値で計るにはデータが大事。行政もデータから分析して施策を作るようになっていかなくちゃいけない」と力を込め、その言葉に永井さんも同調した。
「そうですね、“見える化”されることはすごく大切。『環境はこれだけヤバイ』と可視化されると、人は動く。社会を良くするためにいろんなものが「見える化」されるという意味で、データそのものや、データを取るために使われるテクノロジーの役割はすごく大きいと思います」。
テクノロジーをSDGsにどんどん取り入れていけばいい
ツールとしてのSDGsについて議論を交わした福島さんは、SDGsと自身のシビックテック※の取り組みに共通点を見出していた。
※シビックテックとは、civic(市民)とtechnology(テクノロジー)を合わせた造語で、市民自身が科学技術で社会課題を解決していく取り組みを指す。
「SDGsは社会を開発するためにあらゆる領域に入り込めるツール。だとすれば、テクノロジーもただの『道具』なのであらゆる領域に入っていけるはずです。ただの『道具』だから、中立で“良いように使う”も“悪いように使う”も人間次第。新しい技術を使うことで、今までにない『道具』を作って、社会自体を変えていける可能性はきっとあるはずです」。
続けて、自身が代表理事を務める「コード・フォー・カナザワ」で、シビックテックとして開発した『ゴミ出しの日がわかるアプリ』や、能登の若いママの孤立を防ぐ『子育て支援アプリ』を紹介し、「これらは、必ず何かを解決しようという目的があって作っている。シビックテックの『自分事が大事、自分のためにやる』という考え方は、『私も起点』っていうSDGsの考え方にリンクすると感じました」と話した。
また、欧米では税金の使い道や議員活動をインターネット上で見られるツールや、街頭広告で市民に政策への意見を求め、市民はスマホからショートメッセージで意見できるツールがあることも紹介。テクノロジーが社会課題を解決した具体例を目の当たりにした永井さんは「とても可能性を感じます。自分の日々の生活を変えるだけじゃなくて、自分事をSDGsに紐づけて、自分発で地域のSDGsを作り上げていければいい」と目を輝かせた。
終わりに参加者から「IT技術を使うことは良いことだと決めつけ、裏付けのないまま使っていることはないか?」との意見に対し、福島さんが次のように応えて会を締めくくった。
「エンジニアは確かに『IT技術は便利、こんなに使えるぞ』という発想をしがちです。しかし最近ではITの分野に限らずバイオテクノロジーやクローンなど、倫理的な部分を含めずには技術論を語れなくなってきています。ただ単に技術をベースに物事を考えるのではなく、社会の課題をまず考えて『自分たちの社会をこうしたいから、この技術を適用しよう』という発想が主流になってきています。つまり、これからの時代は、エンジニアだけでなく一般の人を含めたすべての人が、技術をどう使ったら自分たちの社会にプラスになるのか、マイナスになるのかを、もっと学んでいかなければならないのではないでしょうか。それができれば、SDGsにももっとテクノロジーを取り入れられるはずです」。
この世界で暮らす誰もが「自分事」として捉えることで、環境や社会に対してより有意義に働きかけるであろう「SDGs」。そして、それらを達成するために、テクノロジーが一翼を担い、さらに進化させる可能性を持っている、と大いに感じられるトークセッションとなった。一人ひとりが自分たちの生活を見つめ、より良い社会のためにテクノロジーをどう使うべきかを考え、パートナーシップに基づいて身近なSDGsを実践していけば、SDGsが目指す「豊かで活力のある未来」 を、すべての人が歩んでいけるに違いない。
-------------------------------------------------------------話し手 永井 三岐子
国連大学サステイナビリティ高等研究所
いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット事務局長
聞き手 福島 健一郎
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
アイパブリッシング 株式会社代表取締役