#29

2018.11.14

「アートとオープンデータの新しい未来
~オープンデータの家はなぜ建ったのか~」  

担当ディレクター:福島 健一郎
Director’s Voice
アート系のオープンデータは今後とても期待ができる分野だと思っていて、今回の事例はおそらく日本最大の利活用事例と言えるもの。ぜひワクワクしてご覧ください。

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第29回のゲストは、建築プロデューサーの小西暢広さんと、テレビ制作会社ディレクターの中武守さん。能美市九谷焼資料館が公開した九谷焼画像のオープンデータを家づくりに活用し、全国でも希有な事例を生み出した中心人物。画期的な家づくりの立役者・小西さんと、その活動に共感し記録や情報発信を担った中さんにじっくりと語ってもらった。

能美市九谷焼資料館が行った、アート作品のオープンデータ化

オープンデータという言葉を聞くと、いまいちピンと来ないひとも多いのではないだろうか。オープンデータとは、文字通り公開されているデータのことをさす。

そして、オープンデータの定義としては、
1 誰もが制限なしに利用できる
2 再配布が自由
3 機械可読性が高い
というものがある。

能美市では「ウルトラアート」と呼ばれる「従来のアートを超える、次代のアート」をテーマにした活動を精力的に行なっているが、そのキーワードこそが、シェアアート=「オープンデータ」。
“シェア(共有)を認めるアート”という新しい視点が最大の特徴で、能美市九谷焼資料館が収蔵する九谷焼の絵柄写真300枚をオープンデータ化し、無料で利用が認められている。古い絵柄の多くはすでに著作権が切れているものも多いが、この絵柄を撮影した写真は収蔵している能美市九谷焼資料館が著作権を有しながらも、シェアを明示的に認めている点がポイント。

つまり、クリエイターたちは、インターネット時代のための新しい著作権ルール「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」にさえのっとれば※、あらゆる媒体やモノづくり、商品開発にも使用できる。
文字や数値ではなく、アート(画像)がオープンデータ化されているため、そのまま世界に共有できる。これは非常に大きな可能性を秘め、きわめて画期的な取り組みと言えよう。

※作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができる

「ウルトラアート」への参加がきっかけで出会った2人、
そして意気投合

先に述べた「ウルトラアート」への参加が、ゲストの2人を引き合わせた。その懸け橋となった中心人物や、それぞれの出会い、きっかけなどを振り返りながらトークがスタート。まずは、「ウルトラアートの家」を手掛けた、建築プロデューサーの小西暢広さん。

「幼いころから近所の建築現場へ行って図面を書いているような変わった子どもでした。20代前半で建築業界へ入り、そこから20数年で300棟近くの建築に携わってきました」。

建築業界に入ったときには、「建築界の傾奇者になろう」と思っていたと話す小西さん。
旧来の常識を打ち破るため、常に新しいことを目指して仕事を続けてきたという。

そんな小西さんが「ウルトラアート」に参加したのは、統括する北野道規さんに突然、指名を受けたから。以来、5年半に渡って「ウルトラアート」の一員として能美市を盛り上げている。

また、テレビ制作会社のディレクターを務める中武守さんも、北野さんからの誘いで「ウルトラアート」の広報として活躍。一連の活動を盛り上げるべく情報発信を行っているという。

「とある番組作りがきっかけで、白山への思いが高まりました。そのことをSNSで発信していたら、北野さんからコンタクトをいただきました。初対面でいきなり数時間も話し込み、その熱意を意気に感じて参加することにしたのです」と中さん。

北野さんが招集した「ウルトラアート」の参加者メンバーが集まった際に、ゲストの2人は初めて対面する。なんと偶然にも自宅(能美市)が200メートルしか離れていないご近所さんだと判明し、さらに意気投合。
そこで中さんは、「樂家樂座」という最近では珍しい囲炉裏がベースとなった、懐かしい家づくりをしている小西さんの仕事ぶりや考え方に感銘を受けた。

「小西さんの手がけた家の内覧会があれば、必ずと言っていいほど足を運んでいたんです。ある日『ウルトラアートで家づくりをする』と聞いて、すごくおもしろそうだと感じたのを今でも憶えています」。

シェアアートで九谷焼の絵柄を
一般住宅に取り入れた「ウルトラアートの家」

「ウルトラアートの家」とは、オープンデータ化されている九谷焼の図柄を住宅に取り入れるというこれまでにない試みだ。内装のデザインやしつらえに九谷焼の図柄が用いられ、様々な作家の作品が住空間に反映される。

ウルトラアートに関わるガラスや漆、ペーパークラフト、曼荼羅アート、バンブーアートなど、総勢10名を超える作家やアーティストが小西さんのもとに集結し、2016年12月、第1弾の家づくりが始まった。
「ウルトラアートの家」の着想を得たときの心境を、小西さんは次のように話す。

「九谷中興の祖と呼ばれる九谷庄三の作品に、龍と雲をあしらった赤い夫婦椀があるんです。その絵柄を見たときに鳥肌が立ちました。ものすごくかっこいい、これこそが地域の宝だと。家を建てるときにぜひ使いたいと思ったのです」。
着想の段階で「この絵でふすまをつくりたい」と思い、第一棟目の家で使用することとなった。

「僕は『ウルトラアート』に携わって最初の数年はただの宴会部長でした。でもその数年間でたくさんの作家さんやアーティストと関係性を作ることができた。こだわりを持って家をつくりたい施主さんと、その想いに応えられる作家さんが出会う機会ってなかなかないですよね。『ウルトラアートの家』ではアートだけでなく、人と人とのつながりもシェアできたと思っています」。

また小西さんは、それまでの「ウルトラアート」の活動を「もったいない」とも感じていた。イベントのためにアート作品を作り、それが終わると撤収する。どんなに想いを込めて作っても、期間が過ぎると壊してしまう。
しかし、家の場合は、少なくとも壊すためにつくることはない。

中さんも第一棟目の竣工を以下のように振り返る。

「普段のイベント時には写真撮影を行なっているのですが、小西さんや作家さんが最初に集まった会合では、無意識のうちに動画を撮っていました。『これから何かが起きる』という予感がしていたんでしょうね。
その後、勝手に『ウルトラアートの家は動画で追いかける』という宣言をしました。そのくらいこの試みにワクワクしていました」。

現在、「ウルトラアートの家」は4棟まで完成している。ふすまだけでなく、キッチンの壁に300枚の陶板をあしらったり、解体した民家の梁を再利用し、九谷焼の絵柄をレーザー加工で焼き付けたりと、作家たちが趣向を凝らす。

中でも注目すべきは、能美市出身の陶芸家で、日本藝術院会員・武腰敏昭さんの作品の使用が認められたことだ。武腰さんの作品はもちろん著作権フリーではなくオープンデータにもなっていない。
しかし「ウルトラアートの家」のコンセプトやそれを手がける小西さんの人柄に共感し、3棟目の家で作品の使用許可が出た。なんとこれが無償だったというから驚きだ。武腰さんは、九谷庄三の流れをくむ泰山窯の3代で、庄三会の会長も務めている。つまりは、そんな庄三の魂を受け継ぐ現代の重鎮から、お墨付きをもらったと言っても過言ではない。常識を打ち破る「建築界の傾奇者」小西さんだからこそ成しえた業と、武腰さんの懐の深さを感じずにはいられない。

参加者からの質問で、あらためてその経緯を訊ねられると
「武腰先生の絵は、デザインがかっこいい。その一言に尽きます。
今、思うとなんてことをしたんだろうと思うのですが、衝動にかられるようにストレートに『先生の絵を僕の自由に使わせてください!』と直談判に行ったんです。そしたら、『ワハッハ、君みたいな人を待っていたんだよ!好きに使っていいよ』と快く許可をいただきました。しかも落款まで入れていただけたんです。これは、ものすごいことなんですよね」と小西さんは笑顔で語った。

加えて、中さんがさらなる経緯を教えてくれた。
「実は私たちは、武腰先生とはそれ以前から面識があり、『ウルトラアート』の一環で作品を扱わせていただいたことがありました。九谷陶芸村にある20年前の先生の作品(巨大モニュメント)に、ほかの作品を映像で重ねて投影するという、ちょっと奇抜な試みだったのですが、とても満足していただいて。
小西さんはお金儲けでやっていない、と瞬時に判断され全幅の信頼で使用を認めていただいたのだと思います。
番組でインタビューさせていただいた時に『形はどうあれ、僕の作品が永く受け継がれるなんて楽しいじゃない。これからの工芸のカタチは変わっていくべきだよ』と仰っていて、それを実践しているのが、小西さんなのです」。

シェアアートで九谷焼の絵柄を
一般住宅に取り入れた「ウルトラアートの家」

九谷焼資料館が300枚の画像データを公開したのは2013年のことだった。所蔵品の画像を含めた形でこれだけのまとまった数のものをアートのオープンデータとして公開するのは日本初の事例である。

九谷焼のオープンデータを利用して、スマホケースや九谷モニュメントのプロジェクションマッピング、「KageMai(影舞)」と呼ばれる舞との融合など、様々な試みも行なわれている。

そんな中でも、オープンデータ(シェアアート)を住宅に取り入れた『ウルトラアートの家』は、インパクトのある活用例だ。家は建てるのに大きな費用が動くため、お金を生み出すビジネスとしてもその規模は大きく魅力ある事例と言える。

「おかげさまでウルトラアートの家は、全国に知られはじめています。全国誌『和風住宅』から3軒目の施工例を掲載したいという依頼が来ましたし、4軒目は、LIXILメンバーズコンテスト 2018の新築部門 「北陸エリア賞」(北陸地区で3000棟を超える中から選ばれる最優秀賞)を受賞しました。施工事例を通して活動が多くの方に知られることで、工芸作家やアーティストたちみんなが潤う。そういったシステムや流れが少しでも広がることは嬉しいですね」と小西さん。

一方、中さんが撮っていた動画はいつしか番組の企画として成立するほどのクオリティとなり、テレビ放送も実現した。

「それまで撮影した動画はYouTubeへアップしているだけだったのですが、会社のデスクがそれを見て『とてもおもしろい!』と企画を通してくれたんです。仲間内だけの盛り上がりではなく、テレビ制作会社というプロのメディアの視点でも興味を持ってもらえたことが嬉しかったです」。

100年後「ウルトラアートの家」が“伝統工芸”と言われるように

そして小西さんも中さんも2人が共通して話すのが、人と人とのつながり。
「ウルトラアートの家」を手掛けることで、つながりのある作家やアーティストが誇りを持って仕事へ取り組めたことに喜びを感じたという。

小西さんは今回の試みを、未来工芸と名付けている。

「九谷庄三の作品は今の時代からするとクラシックですが、当時は新しいことをやっていたのだと思います。僕も百年後に伝統工芸と言われるようなものを残せたなら、そんな嬉しいことはないですね。たくさんの人の想いや作品が詰まった『ウルトラアートの家』なら、きっとそうなると信じています」。

300年以上の歴史を持つ地域の宝、九谷焼。長きに渡り受け継がれてきた伝統工芸は、オープンデータという取り組みをきっかけに、今、新たな価値を生み出そうとしている。
そして、人と人との縁をつなぐ「ウルトラアートの家」は、暮らしに寄り添いながら未来を描いていくのだろう。

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話し手
小西 暢広
株式会社TAKATA建築 統括プロデューサー

中 武守
株式会社金沢映像センター 営業制作部チーフ・プロデューサー

聞き手
福島 健一郎
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(アイパブリッシング株式会社 代表取締役)

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