#11
担当ディレクター:福島健一郎
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
2017年9月27日、第11回は、「『音楽×IT』の今と未来」
聞き手は、福島健一郎ディレクター
福島ディレクターより
「そうか、生演奏という特性を持つオーケストラの演奏者はそう考えるんだ!と僕自身、ビックリしながら楽しく聞かせていただきました。」
喉ごしのよさとコシのある演奏者
渡邉 昭夫さんはオーケストラ・アンサンブル金沢※で、ティンパニー・打楽器パートを担う打楽器演奏者である。出身は香川県。武蔵野音楽大学に入学し、当初は教員となることを目指して教員免許を取得したものの、教育実習などの経験から「性に合わない」と断念。
やはり音楽で生活をしたいと考え、就職活動をすることなく帰郷しフリーターをしながら生活をつないでいた。しかし、当時、四国にはオーケストラがなく、一番近いオーケストラがある大阪、広島にもなかなか人員の募集がなかった。そんな中で、後輩から金沢に新しいオーケストラができると聞いた渡邉さんは、迷うことなくオーディションを受けに金沢へ。
結果、見事合格し、縁もゆかりもない地で暮らすことになる。今ではもう金沢での暮らしのほうが長く、オーケストラの仕事のほか、アマチュア奏者に呼びかけて結成した打楽器アンサンブルグループ RAN (Rhythmic Artist Network)、また、県内を中心に活躍する打楽器奏者と結成した打楽器アンサンブルグループ 想樂 〜Sora〜として、地域に関わる活動も積極的に行っている。
「『Rhythmic Artist Network』と名付け、打楽器奏者のアマチュアの方とともに、演奏会を行っています。打楽器だけの演奏会というのはみなさんあまり聴いたことがないかと思いますが、打楽器にもいろいろあるので、太鼓だけではなく、木琴類や鉄琴類など音程のある楽器も入れるといろんな曲ができます。動きも激しいので、演奏会は楽しんで見ていただけると思います。」
打楽器という楽器は、特にオーケストラでは一見地味な存在であるものの、ここぞという場面では非常に目立つパートだ。そのためプレッシャーにさいなまれることも想像に難くない。どうやらわりと強靭な精神力がないとできなさそうだ。その華奢で物腰の柔らかい様子とはいささかギャップがあるものの、 「うどんは硬い=コシがある、ではないんです。コシ=硬いではない。それがわかってもらえないんです」と、地元香川のうどんの話になると、ここぞとばかりに熱く語る渡邉さん自身も、喉ごしのよさの奥にしっかりとしたコシを持った人ということだろうか。
余談になるが、渡邉さんは普段の生活で、職業柄の悩みがあるそう。
「喫茶店とかに入ってクラシックが流れていると、気になっちゃって、全然気持ちが休まらないんで困っちゃいます。ついつい妻と『ちょっとこの演奏のバランスがね』なんて話し込んでしまいます。」 と笑う。これも生粋の演奏者たる証ということなのだろう。
※オーケストラ・アンサンブル金沢:2018年に30周年を迎える石川県金沢市に本拠地をおくオーケストラ。石川県と金沢市が出資している。室内管弦楽団として団員30数人を擁し~、二管編成管弦楽曲を主なレパートリーとする。
ITと生演奏
ところで、オーケストラとは、「管弦楽を演奏する楽団。管弦楽団」という意味合いをもつ言葉で、基本的にはアンプをつけず楽器の生演奏を行う演奏方法を用いている。
「演奏者としてITを使うとすれば、自分の演奏を録音して再生するといった使い方くらいですね。演奏会直前の通し練習は、録音して聴くことが多いです。入りのタイミングや全体のバランスなどもわかりますし、お客さんの位置で聴けるというのも重要です。」
だからこそ、ITの進化とともに「あったらいいな」と願うのは、演奏した時のありのままの音を再生してくれるイヤホンだという。
「自分の出した音は、自分では、客観的な音として聞けないので、実際の音をそのまま再生してくれるイヤホンが欲しいですね。実際の音と、好きな音や心地よいと感じる音というのは、また別ですから。」
また、いくら「ライブ録音」と謳っていても、これまでのように単純にすべてをありのまま録音するということはない。
「今は、コンサートのライブ録音でも、例えば違う音を出したところは編集で消したりするそうです。咳やくしゃみも消せます。」
最終的に、録音した音源は基本的に指揮者監修のもとでミキシング※される。大幅に調整することを想定して、すべての楽器の音をそれぞれマイクで拾っておく場合もあるそう。
編集後、ライブではほとんど聞き取れなかった音がはっきり聞こえたり、大きすぎる楽器の音量が調整されたりすることもある。「ある意味、僕らの演奏とは別のものです」と渡邉さんはいう。
そもそも編集がなされる前提で行われる録音もある。たとえばコンツェルト(協奏曲)※を録音することになったが、どうもソリストの調子が悪い。じゃあ、と2小節ごとの細切れに演奏・録音を行い、良い音だけをつなげていく。そうしてつなぎ目がわからないくらい精巧な一つのコンツェルトのCDができあがるのだ。
※ミキシング (Mixing) :多チャンネルの音源をもとに、ミキシング・コンソールを用いて音声トラックのバランス、音色、定位(モノラルの場合を除く)などをつくりだす作業。
※コンツェルト(協奏曲):一つまたは複数の独奏楽器(群)と管弦楽によって演奏される多楽章からなる楽曲のこと。
生の音楽とITの音楽の関係
さて、録音という行為はあくまで、生の演奏というベースがあった上でなされるものである。一方、ITの進化により、音楽の中における「生演奏以外の音」の存在が増えているのもまた事実である。 例えば、コンピューターが奏でるために作られた音楽がある。
渡邉さんいわく「人間が演奏をすることを想定していないから、ブレス(息継ぎ)するところがなく、すべてを忠実に演奏するのは不可能」だという。
「湯涌温泉を舞台にしたアニメ、『花咲くいろは』の演奏をしたことがあります。音楽はオーケストラが演奏し、リアルの歌手の方に歌っていただきました。元は、コンピューターが奏でていた音楽なので、完璧に演奏するのは不可能でした。けれども、聴いてくださった方には、打ち込みで作られた音とは違うものを感じてもらえたと思います。」
また、ボーカロイド※も音楽界のITとしては話題の存在だ。渡邉さんは、ボーカロイドとの共演も積極的に行っていけば良いと語る。
「オーケストラの生の演奏をバックに歌ってもらえれば良いと思います。そうすることで、普段はオーケストラを聴かない方にも聴いていただけるきっかけになるんじゃないでしょうか。」
さらに、そもそもの演奏を自動で行う自動演奏機能などがあるのもご時世。渡邉さんも、技術がもっと発達すれば、ちょっとした演奏は自動演奏で行うことになるかもしれないと推察する。
「それでも、やっぱりオーケストラの演奏がすべて機械になるということは、ない気がしています。職を追われることはまだないかなと思います。」
そこには、何かしら、人の奏でる音楽に対する自信がみなぎっているようだ。 「録音すれば別ですが、音楽って残らないんです。絵は残りますが、音楽は残らない。」 そう語る渡邉さんの思う「音楽」や「音」とは、ある時、ある場所で、人が奏で楽器が響き、その時その場所の空気を震わせて生み出されるもの、つまりリアルの場で演奏されたことにより生まれたものを指している。
きっと渡邉さんは、人が奏でる音楽、生の音楽、ライブ演奏、その魅力を十分すぎるほど知っているから、こう言える。そしてまた、それを聴く人々にとって、それが好きな音だったり心地の良い音だと知っているのだろう。一人の生の演奏家として、音楽に対するそのゆるぎない価値観、自信みたいなものを持っている人がいるのだから、音楽に関わるITが進化し、生演奏とITで生み出された音の共演、あるいは技術そのものを活用する機会が増えたとしても、人が息を吹き込み、力を加え、熱を与えて奏でる音楽を凌駕することはないのかもしれない。
あるいは、純粋に音楽を愛し、音楽という枠組みの中において、それらをすべて受け入れることができる渡邉さんのような音楽家がいるからこそ、今後進化する音楽分野におけるITと生の音楽家との化学反応をうむ交流が起こり得るのかもしれない。
※ボーカロイド:ヤマハが開発した音声合成技術、及びその応用製品の総称。メロディーと歌詞を入力することでサンプリングされた人の声を元にした歌声を合成することができる。
話し⼿
渡邉 昭夫(わたなべ あきお)⽒(オーケストラ・アンサンブル⾦沢 ティンパニー&打楽器奏者)
聞き⼿
福島 健⼀郎 IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター(アイパブリッシング株式会社 代表取締役)
⽂
鶴沢⽊綿⼦