#08

2017.08.30

地図の秘密― デジタル地図って本当に無料ですか!? ―

担当ディレクター:福島 健一郎
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、新産業の創出へのキモチとモチベーションアップを目指す、モチモチトーク。

2017年8月30日、第8回は、「地図の秘密 ―デジタル地図って本当に無料ですか!?―」。
聞き手は、福島 健一郎ディレクター。

福島ディレクターより
「今回のゲストである刊行社の高塚さんは地図のスペシャリスト!便利なデジタル地図から紙地図まで、その仕組みから複雑なライセンスのことまで様々なことをお話してもらいました。」

レポート印刷PDF

地図の会社

普段暮らしている中で、「地図」という存在を強く認識している人は、一体どのくらいいるだろう。気付けば私たちの生活の中で当たり前に存在し、欠かすことのできない道しるべ。けれどもそれ以上のものとして意識することの少ない存在、地図。
改めて考える、知っているようで知らない地図の世界へようこそ。

今回の話し手である高塚さんの所属する株式会社刊広社は、北陸三県及び新潟県・群馬県全域、長野県と福島県の一部地域の住宅地図を発行している、地図制作会社だ。ハム会社に勤める人がハムの人と呼ばれるみたいに、高塚さんは地図会社の地図の人である。しかし、もうなにがなんでも地図に目がなくて、寝る間も惜しんで地図、地図と聞けば居ても立ってもいられないというタイプではなく、地図は好きだけどお仕事としてしっかり地図に詳しいという高塚さんである。

そもそも、地図の会社というのは一体どういう仕事をしているのだろう。高塚さんの勤める刊広社は特に、住宅地図の制作を行う会社である。

「住宅地図は、全世界的にも珍しい地図です。韓国に行ったときに驚かれました。普通の地図と大きく違うところは、1軒1軒に居住者のお名前が入っているところですね。」

と高塚さんは総括するが、一概に住宅地図と言っても、その商品は実に多様である。まず、刊広社の主力商品「メーサイズ(普通版・地籍版)」。居住者名、ビル名、会社名、町名、信号名、交通規制などの情報が掲載されており、デジタル版、製本版がある。その他、デジタルメーサイズからビル、アパート、マンション居住者名を削除した廉価版の「サガス」、データベース機能付デジタル住宅地図「ココデス」。地図情報+公共電話情報、地域情報を一冊に凝縮した「校区地図・一枚地図」、WEB住宅地図配信システム「マイサイズ」など、紙地図、デジタル地図ともにさまざまな商品を提供している。

また、目標物のマーク化、建物が見やすい1500分の1縮尺での表記のほか、巻末情報を充実させるなど、見やすく徹底した情報整理が施されている。

目的に応じて丁寧に編集されているからこそ、似ているようで異なる商品が多く、 「まちなかで、『あれ?ここって前、何の建物が建ってたっけ?』と思うことありますよね。弊社は昭和43年創業で、その頃から地図を作っているので、今は無き建物の情報も蓄積しています。現在の建物と、その前に建っていたものを比較できるような商品を開発したいなと思っています。会社の人には、商品化は難しいと言われていますが・・・」 と新たな商品開発にも余念がないようである。

ところで、作ってしまったからといって、それで完了ではないのが、地図の魅力であり、作り手の苦労どころ。正確な住宅地図を作るために、1年に1度、現地調査員が現地を歩いて調べ上げているという。

「弊社の製品は、正確、便利、使いやすさを売りにしていますが、毎日のように建物が変わるので、正確な情報を提供し続けることには、常に苦心しています。」

表札や居住者の確認はもちろん、建物名、信号名、交通規則、バス停など、まちを形成している要素すべてに関して現地調査を行っているという。調査範囲を考えただけでも、その作業の大変さが伝わってくる。この手間こそが、刊広社の地図への信頼にもつながっているのだろう。


刊広社が作っている住宅地図「メーサイズ」。情報がぎっしり詰まっていることがわかる。※一部画像を加工しています。

地図のライセンスはやっぱり、やっかい

さて、現代で地図といえば、やはり、Web上、あるいはスマートフォン上で道案内として使用するデジタルマップである。常日頃、行きたいお店を検索したり、スクリーンショットしたり、プリントアウトしたり。あるいは、単に見るだけではなく、自分のWebサイトにGoogle Mapを埋め込んだり、はたまたイベントのチラシに地図画像を貼り付けたり、グルメ系のアプリケーションと連動させたり。なんとも便利な地図。そしてなんとなく無料に見えるこの地図。
しかし、はたして、これって本当に無料なのだろうか。

「デジタルの場合は簡単にコピーされたりしてしまうので気づきにくいですが、それぞれ地図にもライセンスがあります。例えば国土地理院の地図は税金で作っているので、自分で使う分には無料で使用できます。けれども複製利用はできません。弊社の地図も同様に、複製して売るというような利用はできません。」

つまり、単に自分が目的地までの道案内としてWeb上からプリントアウトした地図を持つ分には「ご自由に」となるが、それをコピーしてどこかに転載するとなると、「ちょっとお待ちを」なのである。もちろんGoogle Map、Yahoo地図についても、実はライセンス規定が非常に複雑なので要注意。その利用規約を見ると、Googleの場合は許可なく複製、再配布は禁じられているし、Yahoo地図も許可のない二次利用を禁じている。あるいは、Google Mapの日本部分を拡大した住宅地図はゼンリン社のものだったりする。そうなると版権はゼンリン社が持つことになり、使用についてもゼンリン社の規定に従わなくてはいけない。さらに地図を制作した人の著作権も関わるし、住宅地図ともなると、個人情報保護法にも配慮が必要で、もう、一体どこの誰に何の許可を得ればいいのか、途方にくれてしまうほど話は複雑である。

「個別で事情が違ってきます。規約に書ききれないというのが現状で、弊社でもとりあえず電話でお問い合わせくださいとお願いしています。」と高塚さん。

知らないうちに違法行為を行わないためにも、とりあえず迷ったら問い合わせておいた方が無難なようである。

みんなでつくる地図、オープンストリートマップ

とはいえ、そんなに使うまでの道のりが険しい地図よりも、ある程度正確で、誰でも自由に使える地図の方が良いよね、という皆さんの思いから、今、隆盛を見せているのが、「オープンストリートマップ」である。オープンストリートマップとは、誰もが自由に利用でき、かつ編集機能を持つ、世界地図を作るための共同作業プロジェクトで、携帯端末のGPS機能や空中写真などから得たデータが基本となるものの、一般の人たちも道1本から手入力で追加し編集することもできる。

高塚さんも「脅威ですね。」というように、地図作りに熱心な住民のいる地域では、商品化された地図以上に詳細なものが出来上がる場合もある。実際、会津若松では、マッパーと呼ばれる地図好きの方が、非常に緻密で精巧な地図を作り上げている。

「オープンな地図は、更新頻度に関する規定がないので、その点は、やはり課題かなと思います。」と高塚さんが話すように、まだまだ課題も多いが、これからの発展が期待されている存在であることは間違いない。

地下茎のように広がり暮らしを支える住宅地図

それにしても、改めて、住宅地図とは不思議な存在である。一体誰がどういう理由で使うのだろう。刊広社は、個人や事業者ももちろんだが、官公庁で広く利用されているという。

「実は弊社の地図は消防さんや警察さんにも使ってもらっています。110番や119番に電話すると、そこに表示される電話番号から、弊社の地図上での位置を把握します。電話番号は、基本的に電話帳に記載されている情報を基にしています。だから、できるだけ電話帳には電話番号を掲載してくださいね。」 と高塚さん。

「小学生たちが消防署へ見学に行くと、消防の方は『携帯電話ではなく、近くの家の電話を借りて電話してくださいね』と伝えています。その理由も同様です。」

アナログ侮れず、である。昨今、固定電話を持っていても電話帳に電話番号を載せたくないという人も多いだろう。けれど、この話を聞くと、やっぱり載せておこうという気持ちになるのではないだろうか。火事のときでも冷静に住所を言える自信があれば別なのかもしれないけれど。

それ以外にも、住宅地図には、私たちを支える安心安全サポート情報が満載だ。例えば、1軒1軒に記してある住所を表記する位置。これは単に空きスペースに書いてあるわけではない。

「実はこっそり玄関情報を持っているんです。住所の番地の数字は、その建物の玄関がある場所に印刷しています。救急車の方が現場に到着したとき、入口がどこかすぐわかるようになっているんです。※一部地域では異なる場合があります。」 というから驚きである。

さらに、物件の隅に記載された、「②」とか「③」という数字はその建物の階数を記しているという。
「火事のとき、はしご車が必要かどうかを判断するために使われています。」

これ以外にも、消火栓や防火水槽などの標記など、警察署や消防署と協議を重ねた工夫がなされているという。住宅地図の世界は私たちが思っている以上にずっと奥が深そうだ。

高塚さんは、地図という存在をこう語る。

「刊広社のキャッチコピーは、May I help you?にかけて、Map I help you?です。地図は、それ自体が主役というよりは、目的のために手助けとなるものですから、この言葉がすべてを表していると思います。」

主役ではない。けれども、見えない地下茎のように深く根を張りのばし、私たちの生活を支えてくれている、それが刊広社さんの作る地図なのだ。

都市や町が変動していくように、地図もまた、常に変わり続ける生き物のような存在である。これからも、使い勝手の良い地図はどんどん生まれ、代替わりしていくだろうし、さまざまな地図がさまざまな用途で活用されていくだろう。高塚さんたち刊広社が作る地図も、需要に応じ、あるいは用いられるシステムに応じ、その姿や形を変えていくかもしれない。けれどもこれからも変わらず、実直に地域と向き合う縁の下の力持ちであってほしいなと思うし、そんな地図と地図作りを、応援したいと思うのである。

話し手
高塚 紀子(たかつか のりこ)氏
株式会社 刊広社 制作本部 企画開発部 デジタルコンテンツ担当

聞き手
福島 健一郎 ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(アイパブリッシング 株式会社 代表取締役)


鶴沢 木綿子

お問い合わせ

トップを目指す

トップを目指す