#03
担当ディレクター:福島 健一郎
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
2017年6月22日、第3回は、「技術にコミットする生き方 ―ふぁらお加藤のフリーランス道―」。 聞き手は、福島 健一郎ディレクター。
福島ディレクターより
「金沢市を拠点にフリーランスエンジニアとして活躍する加藤さんのエンジニア人生を振り返りながら、地方のフリーランスエンジニアとして働く生き方についてお聞きしました。そこには組織で働くことや会社を創ることとは違う魅力があるようです。『大企業だからこそ不自由、フリーランスは最強!』と語る加藤さんのエンジニア哲学をぜひご覧ください。」
二度のフリーランスまでに至る道
ふぁらお加藤こと加藤真透さんは、金沢市を拠点に活躍するフリーランスエンジニアである。
中学時代からはじまるプログラミング歴は約25年と長く、小松工業高校時代には電子情報科で学びながら、「ソーラーフェスティバルin金沢※」に出展。
その後金沢工業大学情報工学科に進学し、卒業後は関東にあるOCR系のシステム開発会社に就職する。5年間の勤務後、退社。
石川県に戻り、精密機器メイカーに転職するものの30歳を前にして独立。フリーランスとなる。
さらにその後、再度、ゲームを中心とするデジタルコンテンツの企画制作会社に転職し、3年ほどで退社。
改めてフリーランスとなり、現在に至る。
※ソーラーフェスティバル:未来の代替エネルギーの可能性を知る講演や、太陽光発電の電気のみを使用した音楽ライブを中心としたステージイベントを行い、より身近に将来のエネルギーに関して興味を持つ機会を提供し、太陽光発電を推進することを目的として、大阪を中心に開催されているフェスティバル。
さて、加藤さんはなぜ、一度フリーランスという道を選びながら、再び会社員生活に戻り、改めて、フリーランスとして歩むことに決めたのだろうか。
「そもそも、学生の頃から30歳前には独立したいなと思っていました。だから、正社員ではなく毎年1年更新の契約社員として勤めていました。30歳を目前にした頃、とあるシステム開発のプロジェクトに関わる仕事の話があったんです。それをしているのがフリーランスの集合体のような会社だったので、勤めていた会社を辞め、そこにジョインしようと考えていました。」
しかし、今から約10年前の当時、アメリカで起こったリーマンショックの波は日本にも押し寄せていた。結局、話は立ち消えとなり、加藤さんは完全なるフリーランスの身となってしまう。
それでも数年間は、前職で培った地デジのスキルを生かし、フリーランスとして仕事を続けていた。
「ちょうど地デジへの移行期だったので、地デジの知識があればけっこう簡単に開発に参加させてもらえていました。しばらくはウハウハでしたよ。でも、その時代も終わる。次はWebの時代だろうと思い、Webシステムの会社を立ち上げようと考えていたんです。僕、ネットワークの知識はあったけど、Webシステムのスキルはなかったんですよね。そこで、あるWeb関連の企画制作会社の社長に、僕を使ってくださいって営業をかけました。」
社長との面談を行い意気投合した加藤さんは、社員になる誘いを受け、「迷ったけどWebシステムの開発ができるのなら」と、再就職。女性向けの洋服の通販サイトやソーシャルネットワーキングサービスの企画制作に携わることになる。
これまでの二度に渡る会社員経験では部下を持つことがなかった加藤さんも、ここにきて初めて、マネージャー、いわゆる中間管理職の立場に就くことになる。 「上司と部下を持つ立場になって、会社というものについて、すごく考えさせられました。会社員は疲れると感じてしまったんです。」
そうして三度目の退職。現在に続く二度目のフリーランス道を歩みはじめるのである。
会社員であるためのスキル
「会社員は疲れる」とは、一体どういうことなのだろうか。
本来の仕事とは別の作業を求められるからだろうか。
「フリーランスになっても、帳簿をつけたり入金を確認したり、本来やりたいことでなくても、やらなきゃいけないことはたくさんあります。どこに行っても同じ。けれども会社員は、それ以外にもいろいろな調整が必要なんです。」
加藤さんは、会社員時代をこう振り返る。
一つの仕事を分担することで、仕事の効率が上がるのは、一緒に仕事をする相手が自分と同等以上のスキルを持っているからである。では自分より技術の劣る仲間をどうするかというと、自分と同じレベルに育てることになる。その意義は理解できるし、実際、会社員の時はそうしてきた。しかし結局のところ、一人よりも二人の方が力強いと感じるには至らなかった。
「もちろん、フリーランスでもチームを組むことはあります。みんなで協力して仕事をする力は、フリーランスであっても必要です。だけど、会社では、会社員特有のスキルが求められる。」
例えば、一つのプロジェクトや作業を分担するにも調整するにも、打合せなどの時間がかかる。
さらに対等な立場ではない相手(上司や部下)とのやり取りでは、それぞれの立場を理解して、行間を読みとった振る舞いが求められたりする。
そのほかにも、上司に怒られないように、誰が見ているかわからない日報をまじめに書く。
上司に言われたから、何のためになるのかわからない作業を一生懸命やる。加藤さん曰く、これは会社員として生きるスキルであり、そういった能力は、チームでプロジェクトを遂行できる能力とは異なるものなのである。
フリーランスはおすすめか
「じゃあフリーランスをおすすめするかと言われると、実際は、あんまりおすすめしない」と加藤さんはいう。 その理由はこうだ。
フリーランスは、御存知の通り、身一つの立場である。本人が怪我や病気で動けなくなってしまっては、途端にプロジェクトが進まなくなる。 会社員であればそのリスクは分散できる。
さらに、会社であれば事業規模も大きくなるので、予算のある仕事ができる。
銀行からの借入も個人より容易だし、挑戦的なプロジェクトに取り組めるチャンスもある。
会社員であることのメリットは多い。
ただし、である。 「守られているからといって、会社であぐらをかいていればいいかというと、それは違う。」
フリーランスVS 会社員
加藤さんの思うフリーランスの強みは、「損得勘定ない純粋な気持ちで、クライアントに対してアドバイスしたり、提案できること」だという。
「養うべき部下がいるわけではない。『10万円程度の仕事だけど、新卒くんを食わせないといけないから、50万円で見積もっておこう』という考えは生まれません。クライアントに対し、第三者の立場として客観的な指摘やアドバイスができる。まともに技術について議論できる立場をキープできるのは、フリーランスでやっている人間だけだと思います。」
会社員を否定するわけではないが、と加藤さんは続ける。
「アメリカに、――ハンマーを持っている人には、すべてが釘に見える※――
ということわざがあります。この言葉が戒めているように、本来であれば、何か問題や、あるいは作りたいものが見えた時、今持っているもので殴るのか、はたまた別の道具を探してきて、それで殴った方が効率が良いのかということを、常に考えた方が良いと思うんです。だけど、あぐらをかいている会社員は、会社から与えられたハンマーしか使えない。
例えば、うちの会社が持っているハンマーはC++※で、C#※というハンマーは持っていない。
そうすると、C#で叩けば2行で叩けるのに、C++で500行も使うしかなくなる。自分が持っている能力ではなく、上司や横に座っている人のレベルに合わせた方法を用いなくてはいけない。」
フリーランスであれば、自分の選択で新しい手段や手法を取り入れ、技術力を更新していくことは容易だ。しかし、会社組織となるとそうはいかない。
例えば、かねてより広く使われている従来型のAというソフトウェアがあるとする。会社でも全パソコンに導入されているソフトで、ことあるごとにみんなそのソフトを使って資料を作っている。ある時、そのソフトが全面的に更新され、新Aとなる。今まであたりまえだと思っていた地道で面倒な作業が、新Aを使うと10分の1の時間で済む。少々勉強が必要だが、自分はその新Aを取り入れたいと考える。しかし、上司や部下、同僚をはじめ、会社ではほとんどの人がそのソフトを使いこなせない。だから結局、効率の悪い方法だとわかっていながら、組織全体で旧型のAを使い続けている。このような状況は、どんな業種の会社にも往々にして起こることだろう。
「会社全体で変わらなくてはいけないときは、会社のCTO※や部長、課長が一気に舵を切るしかないんです。けど、そんなことできる会社ってなかなかないでしょう?結局、なにか新しいことをしようとしても、『君以外が扱うことのできないものを使うのはやめてくれ』という話になってしまうのです。」
※「If all you have is a hammer, Everything looks like a nail」
「ハンマーを持つ人には、すべてが釘に見える」の意。自分が持っている手段に固執すると問題を俯瞰して正しく捉えることができなくなることを戒めるアメリカのことわざ
※C++:汎用プログラミング言語
※C#:マイクロソフトが開発したマルチパラダイムプログラミング言語
※CTO:最高技術責任者
営業活動は、相談を受けるところから
フリーランスとして生きる上で必要なものに、営業能力というものがある。どれだけ技術が優れているからといって、家でじっとしていて仕事が舞い込んでくるということは、ほとんどない。
「営業活動は、だいたいは、相談を受けるところからはじまるので、過去の実績や自分の技術をいつでも見せられるようにしておきます。相談を受けるのはコミュニティでのつながりが多いですね。」
相談を受けた時のネタとして提供する情報を収集するために、自分で現場を歩いて、情報を集めて噛み砕くという。コミュニティでの勉強会にもマメに足を運ぶ。もちろん情報発信も欠かさない。
「常に、自分の成果をパブリッシュ(公表)しています。得た知識、ハマったこと、学んだことを、ブログなどで発信する。それによっていろいろな知見がたまってくるし、それを見た人も、僕がどんな知見を持っているかわかる。それが営業になっていて、ブログを見たと連絡がくることも結構あります。」
自ら発信することは、相談を受けるきっかけになる営業的行為である。
そして同時に、自分の技術や手法の立ち位置を確認する方法にもなる。
「フリーランスでいる間は、僕が握っているハンマーは、他と比較して変なハンマーじゃないかということを、常に考えなくてはいけないんです。自分のやり方を世の中に発信したり、コミュニティに行って情報集めをすることで、それを確認することができる。『お前の使っているハンマーは古代の滅びたハンマーだ』と言われた時が一番恥ずかしいですから。」
加藤さんは、会社員も同様に、技術や知見をどんどん発露していくべきだという。
「例えば、会社の新卒くんが、『今日はC++をマスターしました』と日報を送ってくるとします。その情報は僕と部下の間だけに留めるのはもったいない。『加藤さんから指示を受けてこういう学びになりました』ということを、どんどんブログなどに載せるべきなんです。
それが知見になり、話のネタになり、営業ツールになると思うんです。」
地方都市でフリーランスをするということ
ところで、都会と比較して仕事量の少ない地方都市でフリーランスのエンジニアとして生活を成り立たせるのは容易なのだろうか。
「どちらかと言われると、おそらく大変」と加藤さん。
それでも、徐々に、仕事をする場所は選ばなくなってきているという。
「今までは都会と地方都市では、地方都市の方が、格段に単価が安いと言われていました。だからこそ、田舎に対して都会の会社が作業を発注することが多かった。都会の会社が田舎に発注する、もしくは田舎の会社が関東や関西に営業部を持っていて仕事を取るという形でした。」
しかし、地方都市で、都会の会社に在籍しながらリモートワークをしている人も増えている。
「地方都市にも関東出身の人がやってくるようになりましたし、リモートワークが可能になった分、地方に住んでいて関東の会社に就職するということも増えると思います。
そうすると、だんだん地方においても、IT人材全体の給料が上がっていくのではないでしょうか。そういった意味では、地方都市でフリーランスをしていても、給与単価は安定するのかなと思っています。」
人手も足りていないという。
「みんな口をそろえて『できるやつが足りない』と言っています。
猫の手も借りたいという声もある。
『できるやつ』であれば、地方でもフリーランスとして続けていけると思います。」
技術ではなく、問題解決にコミットしている
ふぁらおさんは、自らの技術を武器にするエンジニアである。
しかし、「僕は技術にコミットしていない」と、否定する。
「僕が技術にコミットしているっていうのは、正直、爆笑ものですよ。世界には、より速く、より小さく、より大きく、よりフィットするように、ということを突き詰めている連中がいます。それはむしろ会社員の方たちだと思います。それが、技術にコミットしているということ。僕はせいぜい、商品知識と業務知識と雑学をまぜこぜにして、営業しているなというくらいの気持ちですよ。」
だからこそ、加藤さんは、IT業界以外の知識を得ることが重要だと考える。
「ITスキルは、電卓が叩けるとか、そろばんができるといったことと同様のコモンスキルなんです。例えば、金融業界や飲食業界に関わるIT系の仕事があっても、ITがあるから飲食業界があるわけではない。僕がITの技術者だとしても、相談を受けた時、解決したい問題にフォーカスするのが大事なんです。」
ITスキルの向上は課題を解決する手法だが、目的ではない。
解決すべき本質にフォーカスするという視点がないと、本当の問題は解決しないし、顧客の要望を満たすことには至らない。
それができるのは、技術力だけではない、情報収集・発信力、説得力、先見的な視点、新しいものを受け入れる力、吸収力、地道な努力といった、総合的な仕事力(あるいはその全てを網羅し得るしなやかさ)みたいなものがあるからで、それらを培ってきたからこそ、加藤さんは、フリーランスとして仕事を続けることができるのではないだろうか。それが加藤さんの言う「できる」ということなのではないだろうか。
絶対的に人口が減り、AIや機械に利便性や速度以上に人間的な役割を求める時代である。
かつてのように、限定的な役割やタスクで分担される仕事のスタイルは終わりに近づいている。
これまで構築され、常識と認識されてきた分野や対立構造(職種、肩書、会社員とフリーランス、地方と都会など)は、徐々に組み替えられはじめているのではないだろうか。
そのような社会のなかで、私たち、はたらく者(時になにかを実現しようとする者)に共通して求められるものが、加藤さんの持つ「しなやかさ」のようなものなのではないだろうか。
それを柔軟性というと、少し陳腐になってしまうのだけれど。
話し手
加藤 真透 氏
ファランクスウェア代表。小松工業高校、金沢工業大学情報工学科卒。サラリーマン時代にはシステム開発、地デジ関係、ウェブゲーム、通販サイトなどの開発・運営を経て現在フリーランス。テック系の勉強会に顔をだしつつ製品づくりに勤しむ。
聞き手
福島 健一郎
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(株式会社アイパブリッシング)
文
鶴沢木綿子