#01
担当ディレクター:久松陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。
2017年6月15日、第1回は、「secca 上町達也氏×石川樹脂工業 石川勤氏 ―工芸的プラスチック―」。聞き手は、久松陽一ディレクター。
久松ディレクターより 「いい仕事をするには、デザイナーと企業のいい関係が必要です。仕事をする上で、まずは双方がチームとして目指すビジョンを共有することが大事であることを知ってもらうために、 それを体現しているお二人、石川樹脂工業さんとseccaさんにご登壇いただきました。アツアツなお二人のお話しをお楽しみください!」
それぞれの自己紹介から、会は幕を開ける。
上町さんの話
「僕ら、ものづくりバカ集団なんです」
株式会社secca代表兼デザイナーである上町達也さんは、seccaという組織をこう表現する。 seccaは、金沢を拠点に活動しているクリエイティヴ集団で、それぞれのクリエイターたちの持つデザインスキルをベースにしながら、3DCADや3Dプリンターといった最先端のデジタルテクノロジーと、陶芸などの伝統技術を掛けあわせた、新しいものづくりを行っている。
「つくりたい」という想いや構想が先にあり、それを実現するために、その時々でフラットに手法(最先端のデジタル技術から手作業によるアナログ技術まで)を選び形にするという、ある意味、とてもピュアなものづくりの形をとっている。
彼らのものづくりは、工芸でも工業でもない、ニュートラル※でイノヴェイティヴ※な存在である。もちろん、つくりだされた製品の意匠や形状にも新しさがあるのだけれど、ものをつくる過程や、つくられたものの使い方が革新的で、たとえば、今まで一か八かしかなかったところに、選択の可能性を与えている。やっぱり間がな隙がな、ものづくりのことを考えているから、こんな発想にたどり着くのだろう。
※ニュートラル:いずれにも偏らない中立的な立場の意
※イノヴェイティヴ:革新的な・刷新的な
石川さんの話
石川樹脂工業株式会社の専務取締役である石川勤さんは、石川県小松市出身。東京大学工学部を卒業後、約10年間、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G Japan)で勤めたのち、2016年から現職に就く。
後述するが、石川さんの口からは「世界を変える」「世界にインパクトを」といったキーワードが溢れるのだけれど、その心意気の原点はP&G時代にあるという。
P&Gのキャッチコピーは、みなさんご存知、「暮らし感じる、変えていく」
入社早々、―― 君たちは世の中の消費者の生活を向上させるために働いているのだ ――と会社の偉い人から伝えられた新入社員石川さんは、その価値観に感銘を受け、「生きていてお金をもらうということは、少しでも世界をよりよく変えることなのだ」と士気を高める。
それでも、大企業勤めならではの葛藤は生まれるものである。
「立場が上になるにつれ、自分で手を動かすことが少なくなります。企業自体が大きすぎて、自分が、会社がどこに向かっているのか見えなくなる。ここじゃあ世界を変えることはできないと思うようになったんです」
そんな迷える石川さんを揺さぶったのが、デザインの巨匠ディーター・ラムス※の存在だった。
縁あって手にした書物でラムスのデザインに出会った石川さんは、驚いた。
「それは1960年代にデザインされたラジオでした。まったく古くない。デザインは時を越える、場所も越える。すごいものだと気付いたんです」
まるで水面に落ちたひと雫のように、ラムスの存在は石川さんのなかに波紋を伝えていった。
そして、ラムスに習ったデザインの視点を携えて、石川さんは帰郷し、父親とともに石川樹脂工業で働くことを決める。
※ディーター・ラムス:ドイツ出身のインダストリアル・デザイナー。電気機器メイカーであるブラウンに入社し、デザイン部門のディレクターとして30年間以上勤務した人物。彼の提唱した「良いデザイン10の原則(Ten Principles to Good Design / 10 Commandments of Design)」は、デザイン界における一つの重要な指針。85歳となった現在も、精力的に活躍している現役デザイナーでもある。P&Gでもラムスがデザインを手がけるブラウンの電動シェーバーや電動歯ブラシといった商品を取り扱っている。
石川さんの祖父・重雄氏が立ち上げた石川樹脂工業株式会社は、昭和22年創業以来、主に食器、インフラ用工業部品などを生産し続けている樹脂メイカーである。商品のサプライチェーン全容をカバーできるという強みを持っており、材料の選定から製品の企画、製品化まで、すべてを社内で対応できるのが強みである。一貫生産のため納期も短く済む。 「こういう感じの形にしたいんだけど」というクライアントの呟きを、実物の形にすることもできる。
しかし、東京にいた当時、石川さんの目から見た石川樹脂工業は「技術はすごい、でももったいない」存在だった。 「ものにあふれている昨今、ものが売れるために大事なのは、機能とデザインとストーリー価値だといわれています。けれども親父(会長)は日本の職人さんにありがちな、機能だけを、どんどんつきつめていく形をとっていた」
そんな石川樹脂工業とseccaの出会いは、石川さんの父であり、現・石川樹脂工業代表取締役会長、章さんからの依頼がきっかけである。
今から約1年前の2016年、会長の章さんは、下請け事業だけでは自分たちの思う樹脂の価値を形にしづらいと葛藤を抱き、思い切ってBtoCを踏まえた「自分たち発信のものづくり」をはじめようと心に決め、石川県内でデザイナーを探していた。そこで声がかかった数社のうちの一社が、seccaである。
まず仕事をする上での条件を示すよう依頼を受けたsecca上町さんは、本能的に、すぐにアポイントメントをとり、金銭面の条件はあえて書かず、「仕事を一緒にできるのなら、こういう価値観でものづくりをしたい」という姿勢を伝える資料をこしらえ、面談に挑む。プレゼンが終わるや否や、会長の章さんは「他を断るから、あんたのとこに決めた」と宣言したという。
そして、翌月、P&Gを退職したばかりの勤さんが加わり、本格的に製品開発に取りかかることになる。
プラスチックのイメージを変える
「プラスチックのイメージを変えること」 石川さんはseccaと取り組む自社の商品レーベルPlakira※で実現したい目標をこう掲げる。
石川さんは1984年生まれの30代で、プラスチック=消費材世代ど真ん中であるが、プラスチックに囲まれて育ったということもあって、ことさらプラスチック愛が深い。
「僕という人間はプラスチックの成形機を見るところからはじまっているようなものです。プラモデルの構造を見ると、突き出しの構造があるな、とか言ってる子どもでしたし(笑)。周りの人が持つプラスチックのイメージって、使い捨て、安っぽい、ニセモノ。プラスチックで飯を食わせてもらってきた身としては、本当に悔しい思いをたくさんしてきました」
自分を育てたといっても過言ではないプラスチックの真の価値を見出したい、そして、大企業では成しえなかったこと、世界をよりよく。世界にインパクトを。
石川さんはそこに自らのものづくりの核を定め、secca上町さんとともに、樹脂ならではの価値の追求に励むことになる。
「プラスチックだけど長く使えるものがいいね」「高級感もほしい」「この素材でしかできない形ってなんだろう」と、日夜、熱い議論や実験がくりかえされ、そんなこんなで誕生したのが、「ゆらぎ」タンブラーである。
※Pkakira(プラキラ)は、石川樹脂工業の商品のブランド。食器を中心にラインナップを展開しており、一部商品をseccaがデザイン担当している。
Plakira living Tumbler”ゆらぎ”。Amazon新着ランキングの1位を獲得。個人宅やホテル、飲食店など、多様なシーンで用いられている
ゆらぐ、タンブラー
「ゆらぎ」は、トライタン※という新素材を使ったPlakiraレーベルの製品の一つで、その名の通り、口元の波状が美しいタンブラーである。
じっと見つめていると、ゆらいでいる部分から、かすかな表情みたいなものが感じられて、なんとなく手にとって触ってみたくなり、ついでになにか注いで飲んでみたいと思いはじめる、不思議なタンブラーだ。
機能性にも優れていて、トライタンの特性である強靭さと軽さ、安全性と透明度を兼ね備えているし、口元の波形が隙間となり、タンブラーを逆さに干す時にも密閉されないので、たとえ水滴や拭き残しがあってもしっかり乾いてくれる。ガラスでは高額な金型を起こさない限り、基本的にまっすぐにしか成形できないから、ゆらぐ形は樹脂ならではである。その存在は、タンブラー業界に一石を投じる新しい価値なのだ。
※トライタンは、米国の化学メイカーが開発した新しいポリエステル素材で、そのキャラクターのような名称に反した強靭性が特徴の素材である。なんと、車が踏んでも割れない。加えて赤ちゃん用にも使える安全性と、クリスタルな透明性が売り。味移りも色移りもほとんどしないから、食品用途で用いるのには非常に優れた樹脂である。
二人の関係性への考察
ところで、この二人を見ていると、ふと感じることがある。 なんというか、二人の間には、厚い信頼というか、ぶれない親密さというか、イーヴンで確固としたパートナー色が濃く漂っているのである。
元来、製造メイカーとデザイナーが組んでプロジェクトを行うことは、わりと日常的に起こることである。けれども、すべての場合において、チームやパートナーとしての関係性が成り立っているか、つまり、対等な関係としてそれぞれの力を発揮しあっているかというかというと、いささか疑問が残る。その点、この二人の関係性は双方向で、パートナーという表現がしっくりくるのだ。
ひとつのビジョンの共有と、ふたつの価値観の共鳴
では、なぜ、そんな関係性が成り立つのだろうか。 ひとつに、ビジョンの共有と、そこに導く価値観の共鳴があったからである、と推察する。
しかし、そもそも、石川さんも上町さんも、自らの想いや価値観をきちんと言語化し、伝え合い、ああでもないこうでもないと議論しながらビジョンをつくっていったのであって、実はその過程がいちばん重要なのではないだろうか。過程を重ねることで、二人は互いを理解し、共鳴しあい、関係を編んでいった。その間に、信頼みたいなものが生まれてきて、今の関係が築かれたのではないか。
たとえば、はじめての打合せで上町さんは、自らのものづくりの姿勢をこう述べた。 「大企業の製品開発は、主に社内稟議を通すことを目的にマーケット調査をして、方向性を決める方法が多かった。けれど、ものをつくる側も、消費者と同じ時間を生きているし、時流によって生まれる価値観はある程度、潜在意識のなかで共有されている。だからあまり頭でっかちに、マーケティング手法がどうだと言わず、自分たちが良いと信じられるものをつくる。それが結果的に最も価値を造形できる方法なのではないでしょうか」
上町さんが説明時に紹介してくれた資料。「作り手それぞれがこれだ!という価値を作り出すことが、近い価値観のユーザーの潜在欲求を最も満たせる方法ではないか。リサーチ等を重んじて、頭でっかちにつくったものは、価値の輪郭がぼやけ、結果、誰も満足させられないと考える」という図 >
P&G時代、うんざりするほど、わけのわからない消費者調査を行うことに疑問を感じていた石川さんは、この言葉を聞き、 「よくぞ言ってくれた。スティーブ・ジョブズだって自分がほしいものを作っていた。それが本当のものづくり。それが、僕がやりたかったことだ」と大いに賛同した。
やるべきことを知ること、やること
さて、もうひとつ、この二人をチームたらしめている理由は、それぞれが、自分のやるべきことを理解し、それを一生懸命やっているというところにありそうである。
なんだ、そんなのあたりまえじゃないか、と怒られそうだけれど、あたりまえがなかなか難しいものである。
上町さんは、「お客さんの中には、明確に『こうしてほしい』と言葉にできないケースも多い。でも生活の中で違和感を抱いていたり、意識化していない不快さを感じていたりする。僕らは、デザインのプロとしてやっているので、常日頃、どんな不快があるのか、逆にどこに世界をハッピーにする要素があるのかという視点で世の中を見ています」と、真摯なデザイナーの姿勢を保っている。
はたまた石川さんは、保守的な発言を全くしないそうで、どんなことでも「やる」「やってみる」「なんとかする」と二つ返事だというから、頼もしい。 加えて、「樹脂じゃないとできない価値観にだけ、こだわりがある。だからデザインのアウトプットはseccaチームに任せたんです」と、クライアントの鏡的スタンスをとっているのである。
これって実はすごいことで、大抵のクライアントと呼ばれる人たちは、自分がお金を払って雇っているんだし、自分の製品を作っているのだから、なにもかも自分が決めるのが当然だ、と思っていたりする。しかし石川さんは「デザインのことはわからないので、決めてください」とプロに決定権を委ねたのである。
「『餅は餅屋』というけれど、勤さんはまさにその通りにできる人」と、上町さんの石川さんへの信頼もさらに厚くなるのである。
本質をみつめるとあらわれる、シンプルさとゆらぎ
これからのものづくりについて、石川さん、上町さんはそれぞれ、こう語る。
「普遍的なデザインを持つ製品ができたら本当に嬉しいと思います。けれど、ディーター・ラムスの「良いデザイン10の原則」の最後の言葉「Less, but better」※が、僕には刺さっていて。本質を見つめて生まれたシンプルさが、普遍的な価値に近づくのかなと思っています」と石川さん。
「近代においてはむしろ、人の営みのなかで人間が考える個人差が重要です。デザインもそう。誰がデザインしてもそこにいきつくものは、逆につまらない。ものづくりにも、そういった、「ゆらぎ」があっていいのではないかと思うんです」と上町さん。
※「Less, but better」より少なく、しかもよりよく。それは、本質的な部分に集中するということ。それによって製品は、不要で過剰なデザインから開放される。
純粋で簡素、そこに立ち返ることだ。― ディーター・ラムス「良いデザイン10の原則」
そして、石川さんは締めくくる。 「僕は、プラスチックの価値を追求していきたい。本当にいろいろなプラスチックがある。いろんなプラスチックがあるということを、その違いを、一般の人が感じられるものづくりをしていきたいんです」
こうして会は幕を閉じる。
後日談はゆらぎのあるものづくり、そしてリテラシーへの考察
最後に、後日、上町さんが語ってくれたことを、記載したい。
「地球上の有限な資源を使ってものをつくる以上は、なるべく長く使えるものが求められています。その分、一つ一つの価値を正当に評価できるセンスやリテラシーを育むタイミングが訪れている気がします。樹脂で何かを作るという事と同時に、樹脂をどのように消費していくかという価値観を再構築していかなくてはいけない時代になりました。つくり手はこれまで以上に何をつくるべきなのか考える必要があるし、使い手、買い手も消費することをこれまで以上に深く考えなくてはいけない。その上で、真っ当なものづくりが評価されるようになるのではないでしょうか」
そのような背景のなかで、今は開発の過程であるけれど、上町さん、石川さんは、樹脂素材の表情や特性を引き出し、ある程度、その素材の個性に完成形を委ねた、ゆらぎのある製品づくりにたどり着こうとしている。それが「工芸的プラスチック」なのだと。
ものづくりとは、人が、自然界の資源を使って何かをかたちにする行為である。つまり、人と自然があってはじめて成り立つもので、人にも自然にも「同じ」がないように、つくりだされたものにも、違いや個性が現れる。それが、ゆらぎであり、その差が、人の心を震えさせる価値になる。
たとえば、工芸のように、人の手で直接つくりだされたものには、つくり手の個体差が現れる。
では、工業製品はどうであろう。
工業とは、本来は工芸と同義で、ものをつくるという行為をさす言葉である。しかし、産業と科学の発展、大量生産大量消費の流れに沿って、工業=機械を用いることで安定した品質の定形を、大量に提供できる産業と認識されるようになってしまう。実際、機械を扱うのは人であり、技術を扱うセンスや能力に個の差がある。もちろん、素材にだって個体差がある。けれどもこれまでの価値観では、その差がネガティヴな存在と捉えられてきたのである。
しかし今、上町さんが語るように、一つの新たな時代の鼓動が響きはじめている。そのかすかな音を聴き取りながら、二人は、工業製品にだってゆらぎがあっていい、かつて排除された個の差(人、素材ともにもつ差)を新たな価値に、と、ゆらぎのあるものづくりを探求し、そして今、手にしようとしているのだろう。
二人の言葉やふるまいからその意味をおしひろげているのかもしれないけれど、そこには、大量生産大量消費という一つの時代を終えたこれからを生きる、つくり手、消費者双方のリテラシーへの暗喩があるように思えてならない。
私たちは、工業製品のように、同じ顔、同じ形に従うように生きてこなかっただろうか。新しい価値に出会ったとき、私たちは凝り固まった先入観を手放して、それを、良いか悪いか判断できるだろうか。 失ってはいけない価値を選りすぐり、大事なものを残すことができるのだろうか。
自らの、選択で。
話し手
上町達也 株式会社secca
2006年3月金沢美術工芸大学卒業。株式会社ニコンに入社。同デザイン部に所属
2013年、株式会社ニコンを退社。同年、株式会社雪花を設立し代表取締役に就く
石川勤 石川樹脂工業株式会社
1984年生まれ
2007年東京大学工学部システム創生学科卒業。同年、P&G Japan入社
2016年より石川樹脂工業株式会社専務取締役社長
聞き手
久松陽一
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(株式会社Hotchkiss)
文
鶴沢木綿子