-榎本さんは神奈川出身ですが、湯涌に工房を構えられたのは?
大分の訓練校で竹工芸の基礎を学んだのですが、自分の作品づくりを模索する中で、漆と竹の組み合わせに挑戦しよう思いました。漆は生半可な技術では扱えません。そこで昭和58年に輪島の漆芸技術研修所の門を叩いたのです。その後、門前に工房を構えましたが、能登の震災を機に金沢に居を移しました。
-工房2階のギャラリースペースには、オブジェのような照明からバッグ、花活けまで、大きさも用途も多彩な作品が並んでいます。
背もたれの部分を竹で編んだソファを制作したこともあります。これはイタリアの家具見本市ミラノ・サローネに出展されました。
竹でものをつくるというと、昔ながらの生活道具を作る竹細工を思い浮かべる方もいらっしゃいますが、私の仕事はあくまで「竹工芸」です。
-竹の編み目が緻密できれいですね。編み方はどれくらいの種類があるのですか?
基本的には10種類ほどでしょうか。竹製品は「すぐ壊れるから」と敬遠される方もいますが、それは粗悪な輸入品の話です。きちんと作ったものは、50年は持ちます。
-榎本さんの作品の特徴を教えてください。
竹工芸と漆の組み合わせは私のオリジナルです。塗料としては化学塗料が一般的なのですが、私は天然塗料である漆にこだわっています。竹は生きていますから。
漆は扱いは難しいのですが、品質を長く保つという点で最高の塗料です。
-工房の裏手に竹林がありますが、材料はそこから?
残念ながら、このあたりに生えている孟宗竹は、竹工芸には適していないんです。
私が一番よく使うのはしなりがいい「真竹」で、大分と京都から仕入れています。四国の一部にしか生育しない「虎斑竹」や「黒竹」、古民家で使われていた希少な「煤竹」を使うこともあります。
-制作は、まず竹ひごを作るところから始まるわけですね。
そうです。竹工芸は編む作業より、竹ひごを作る作業に時間と手間がかかります。
最初は材料の竹を半分、また半分と割っていきます。「荒割り」と呼ばれる工程です。竹工芸作家に女性が少ないのは、こういう力仕事が多いからなんです。
-鋭利な刃物を使うので、集中力も必要ですね。
私が愛用している竹割包丁のうちのひとつは、以前助手を務めていた竹工芸の人間国宝・飯塚小玕斎先生が使っていたものと同じもので、日本刀のような切れ味なんです。自分の命と向き合うほど精神を高めて制作に取り組め、という意味も込められています。
-見ているだけで緊張します。
私も見られていると緊張します(笑)。
小割りを行った後は、竹の表皮を刃物で薄く剥ぎます(「剥ぎ」)。このときの厚みは眼で確かめるわけではなく、指先の感覚で調節します。
次は丸太に刺した二本の刃物の間を通して(「巾取り」)幅を揃えます。作品の完成度を高めるための「面取り」も欠かせません。最後に「銑引き」をして厚みを揃えます。
-コンマ数ミリの厚みや幅を、指先で調節するんですね。
そうですね。そういう点では、竹工芸は身体感覚を使った原始的なものづくりだといえるかもしれません。
-竹工芸の魅力は、どんなところにあると思われますか?
竹は形や編み方などに制約が多い不自由な素材ですが、その制約の中でさまざまな創作に挑戦することが面白いです。
竹は生きている工芸材料ですから、人間の思い通りにはなってくれません。ムリに加工しようというのは人間の勝手です。
-榎本さんの今後の抱負を教えてください。
地域の人に参加してもらえる竹工芸の体験教室も積極的にしていきたいですね。
自分の作品づくりの面では、引き続き、竹と漆の独自の世界を拓いていきたいと思っています。
文:河原あずみ、写真:山岸 浩也、動画:松尾 雅由
取材日:2011年3月16日
「竹も生きていて、思い通りにならないのは当然だと気づいた」という榎本さんの言葉に、「必ずなにかに生かされている」ということと「生涯勉強なんだ」ということを改めて気づかされました。本当に使う人のことを考えたものづくりの形がここにありました。たくさんの方に知っていただくきっかけになれば幸いです。(松尾 雅由)