ディレクターズ・イベント

レポート

たけもと農場 トヨタ自動車と実現する未来型農業

担当ディレクター:村田 智

毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2017年6月16日、第2回は、「トヨタ自動車と実現する未来型農業」。聞き手は、村田 智ディレクター。

村田ディレクターより

「労働集約型ビジネスの典型である農業にテクノロジーを積極的に取り入れ、それを活用していく過程で ”ヒト” が成長していくという好循環に至った好例です。すべての中小企業が参考にできるのではないでしょうか。」

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竹本農場、竹本彰吾さん

たけもと農場DNA

竹本彰吾さんが代表を務める、たけもと農場は、石川県能美市で米づくりを行う農業法人である。創業1801年。現在のメンバーは、竹本さんとその家族を含めた6名で、農業従事者の高齢化が深刻さを増すなか、メンバーは全員65歳以下。若いエネルギーを生かして、日々いろいろなチャレンジをしながら米づくりを行っている。

竹本さんは、たけもと農場の特徴を、3点挙げる。
まず、「有限会社たけもと農場」として、法人化していること。 農業に就く人が少ない時世だけれど、一方で、農業法人に就職するという形が一つのはたらきかたの選択肢となっていると、竹本さんはいう。 実際たけもと農場にも、農業と関わりのない分野から転職したメンバーが数名いる。

もうひとつの特徴は、扱う米の種類の多さ。6名で手がけるのは10品種。「有機JAS認証コシヒカリ」、「特別栽培米コシヒカリ」、「農薬を使わないコシヒカリ」、「コシヒカリ」…わかる人にはわかります、といったディープなこだわりがニッチな市場をがっちりキャッチしている。

なかでも売れ筋商品は「カルナローリ」。カルナローリ?お菓子の名前にも便利グッズの名前にも聞こえるけれど、これはれっきとしたイタリア米の品種名。粒が長く大きいのが特徴で、アルデンテな食感を楽しむリゾットやパエリアといった料理にもってこいのお米である。カルナローリを生産している農家は、国内では、おそらくたけもと農場だけだそう。

たけもと農場がカルナローリ生産に乗りだしたのには、イタリア料理店のシェフとの出会いに発端がある。ある日、市内で友人とイタリアンディナーを楽しんでいた竹本さんは、店のシェフと米料理の話に花を咲かせる。そこでこんな悩みを聞く。

―― そもそも日本米というのは、粒が小さく水分量が多いものである。そのため、日本米でイタリアンの米料理をつくると、どうしてもベタッとして美味しくない、というか違う料理になってしまう。そこで、遠くイタリアからお米を輸入しているのだけれど、なにせコストがかさむ。さらに、輸入米は精米した状態で送られてくる。味が落ちているのか、なぜかどうしても、現地と同じ味は出せない ――

そんな日本のイタリアン業界の葛藤を知った竹本さんは、ないならば、つくればいい、と発起。未知の品種カルナローリの生産にとりかかるのである。結果は大成功。カルナローリは今や、たけもと農場の看板米である。

さて、このストーリーからもわかるように、たけもと農場には「いろんなことにチャレンジすることが好きな企業DNA」が備わっているようである。これが、たけもと農場が持つ3つめの特徴である。その好奇心旺盛なDNAが、カルナローリという目玉商品を生み、今回のテーマであるトヨタ自動車との連携につながるのである。

農業とトヨタ自動車の連携

農業とトヨタ自動車の連携といった、一見異質なコラボレーションの起こりは、自社のもつ生産方式のノウハウを農業に生かそうという、トヨタ自動車の試みにある。

少し農業の経営について紐解くと、これまでの多くの農業現場では、工程管理がほとんどなされておらず、多くのムラ、ムリ、ムダにあふれていた。 例えば、たけもと農場でも、全体の作業工程は経営者の頭の中にあるもので、スタッフへの作業指示は前日。当日の作業終了後も、紙媒体での作業報告書を作成する形をとっていた。それでは、紙に記入する手間がかかるし、作業する水田を間違えたり、作業時間が把握できないことによる移動のロスが発生したりする。

そんな、農業界にあふれるムダを改善すべく作られたソフトウェアが、トヨタ自動車の「豊作計画」なのである。

竹本さんが、石川県やいしかわ農業総合支援機構(INATO)から「トヨタ自動車と連携事業やらないかい」と声かけを受けた4年前の2013年当時、トヨタ自動車はすでに豊作計画を開発し、特定の農家との実証実験を開始していたものの、さらなるサービスの確立のため、農林水産省主催による「先端モデル農業確立実証事業」に参画し、愛知県や石川県の農家と共同でコンソーシアム「米づくりカイゼンネットワーク」を立ち上げようとしていた。

一方、たけもと農園では、リゾット米カルナローリが「爆売れ」していて、竹本さんはもう少しカルナローリの生産を拡大したいなと考えていた。けれども、カルナローリは工数が多く、手間のかかる品種。生産量を増やせば増やすほど人件費がかかる。そのうえ、主体的に生産に関わってほしいと思っても、社内のスタッフは若く、もともと家族経営で続けてきたものだから人材育成のノウハウもない。 竹本さんは頭を抱えていた。

そんなタイミングで誘いを受けた竹本さん。持ち前のなんでもやってみるDNAを発揮し、トヨタ自動車との「米づくりカイゼンネットワーク」に加わることになる。

※先端モデル農業確立実証事業:農業界と経済界が連携して行う生産性向上モデル農業の確立に向けた取組に対して農林水産省が支援を行う事業
※米づくりカイゼンネットワーク:愛知、石川の米生産法人9社とトヨタ自動車、石川県が連携し、トヨタの生産管理手法、改善ノウハウを米生産に応用した視える化や現場改善により生産性向上を目指すプロジェクト

経営者vs従業員ではなく、経営者×従業員に

「豊作計画」とは、ある程度の規模で農業を行う農家を対象とした、営農管理クラウドサービスで、これまで曖昧に管理されていた情報を一元的に管理し、データで裏付けされた作業計画に従うことで、ムダを省き生産量を拡大させるためのツールである。

豊作計画を用いることで、これまで紙媒体などで曖昧に管理されていた基本的な情報(農地、作業(人)、農機、設備など)はデータ化され、管理できるようになる。基本情報に基づいた標準のリードタイムが自動的に設定されるので、管理者は、それを指針として、作業の進捗が進んでいるのか、遅れているのか把握できるようになる。

一方、実際に現場で作業する人たちは、スマートフォンの専用画面から、どの場所で、どの作業を、どのくらいすべきかを確認することができるし、作業が終わったら、特記事項がない限りは、作業終了ボタンを押して終了。それが作業日誌にもなる。

さらに、この豊作計画にはデータがどんどん蓄積されていくので、これまで経験則に頼っていたところも過去のデータに基づいて計画が立てられるようになるという仕組みである。

竹本農場、竹本彰吾さん竹本農場、竹本彰吾さん
たけもと農場での小集団での会議風景

たけもと農場が参加した「米づくりカイゼンネットワーク」において、トヨタ自動車は、豊作計画だけではなく「業務改善支援サービス」として現場改善担当スタッフを提供するのだが、竹本さんは、この専門家派遣がとてもありがたいと語る。

「2ヶ月に一度、トヨタの担当者がやってきて、2時間近くずっと、指摘を受けます。なぜあんなところにあんなものが置いてあるのか、なぜそんな姿勢で作業しているのか、といったことです。僕たちは普通に仕事をしているだけなのだけれど、ソトの人の目線で見るとムダだったりします。客観的に指摘されるので、すごく刺激になっています」

除草剤の散布方法や年間作業計画の見直しなど、ささやかに見えるが重要な作業を一つ一つ見直し、徹底的に改善を続けた結果、たけもと農場の収益は3年間で8%向上するに至る。連携開始当初掲げた目標、「今ある作業のムラ・ムリ・ムダを排除して生産性を高めることで、カルナローリの生産拡大に必要な余力を創出する」は達成されたのである。

たけもと農場と同様、トヨタ自動車と連携する農家は現在11農家ある。けれども、すべての農家が効果をあげているとは言い難いと竹本さんは言う。

「例えば、整理整頓すれば、ものを取り出す時間は確かに減ります。けれど、だからといって、目に見えてコストが削減されるわけではない。」

そして、何より大事なのは、作業を行う本人たちが問題意識を持ち、自発的に継続的に改善しようとする姿勢だと続ける。

今回の取り組みでは、竹本さんを含めた4人の若手男子が「小集団」を作り、週に一度集まって、会社の課題や改善策を考え、実行からふりかえりまでを行う会議を行った。このことで、より、社員は自ら課題や会社のことを考えるようになったという。

「声にはしていないけれど、今まで社内では、僕たち経営者が言ったことをすればいいという潮流がありました。それが、この事業を通じて、経営者も従業員も、それぞれが自分で考え、判断するようになりました。」

※小集団:小集団とは文字通り小規模の集団のことで、マネジメントを行う際に用いられる手法の一つである。規模が小さい分、参加者の参加意識を強めることができる

誠実なものづくりと合理化のバランスが導く農業の発展

トヨタ自動車との取り組みにより、効率化し高品質な産品を提供する形も、一つの未来的な農業ではある。

しかしながら、竹本さんが考える未来型農業はそれにとどまらない。

「農業には、『食糧生産』という側面と『交流』という2つの側面があると思っています。例えばアメリカでは、食料を確保するために広大な土地で徹底的に効率化と機械化をはかった農業が営まれている。一方で、少量多品目を育て、ファーマーズマーケットなど、消費者と顔を合わせて交流を育む農家もたくさんいる。日本でも、この双方のバランスをうまく保ったまま、農業が発展していって欲しいんです。そのために、合理化できることは合理化する、そして大事にすべきところは、手間をかけるということが重要だと思うんです」

さらに、農家の人たちは「もっとカンタンにできないか」という点に注目して、IT技術を取り入れていく必要があると、竹本さんは語る。

「もっとカンタンに、なんていうとラクしたがってるように見えますが、そうではなく、誠実なものづくりをするために、ラクをできる部分はラクをして、時間と手間をかけるべきところに時間と手間をかけられるよう、工夫する必要があると思うんです。ラクをする部分で、IT技術が活用できると感じます。農村の景観を守るとか、土にふれあうとか、そういった側面を大事にするために、合理化できる部分は合理化すれば良い」

本当に大事な部分に手をかけ、誠実なものづくりを行うために、手法としてIT技術を取り入れる。その結果、必要なだけの食料生産と、食と人がつながり交わる形がバランス良く共存できる。それが、竹本さんが考える未来型農業なのである。

たけもと農場のカルナローリ。1kg入りと300g入りの2サイズを販売している

竹本農場、竹本彰吾さん

みんなどんどん独立していけばいい

新しいもの好きが講じて、いろんなことをやってきた竹本さん。農業に関わる人は、どんどん自分の経験を真似てくれればいいと語る。

「イタリア米をつくる農家ももっと増えれば良いと思います。たけもと農場に就職した人たちが、独立するという流れができればいいなとも、考えています。農業が就職先の一つになったというのは成功の形です。けれども、サラリーマン化することは面白くない。現実には、農家の数が減り耕作放棄地が多くなっている。本質的な課題を解決する取り組みをしていきたいんです」

お米が大好きと明言する竹本さんだが、それでも、お米だけにこだわっているわけではない。これからについては、「もしかしたらいつか野菜を作ることもあるかもしれないし、もちろんもっとお米の種類を増やすかもしれない」と言う。

「かもしれない」という言葉。

その言葉が持つ曖昧さは、たけもと農場の持つ素敵な余白だ。その余白は、彼らに根付く好奇心旺盛なDNAと呼応して、これからも変幻自在に伸びたり縮んだりするだろう。そうして、不確定な未来にも適応する、たけもと農場の、農業そのものの、未来的な可能性になっていくのかもしれない。

竹本農場、竹本彰吾さん

話し手
竹本 彰吾 氏
有限会社たけもと農場 代表取締役

聞き手
村田 智
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(株式会社MONK)


鶴沢木綿子